徒然なる戰藻錄

WoTとWoWS、アズールレーンをプレイしているところなのです

晩冬のころの都内(一部)

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

フォルダ整理ででてきた晩冬の頃に都内の一部をふらついた時の寫眞をうp。

スマフォで撮っているから画質が悪いのと下手なのはご愛嬌( ゚ω゚ )

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宮城北西部、千鳥ヶ淵と首都高・都心環状線の千代田隧道。
首都高を走っているとわかりにくいけど、外から見るとこんなギリギリのところを潜っていくわけですね。

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近代美術館・工芸館。
こういった趣の建築物は好きですね。

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北の丸公園の気象露場。


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同公園内にある日本陸軍・近衞第二聯隊の碑。


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最後は、帰り道にとおりかかった英國大使館。

ちなみに―――

同じ麹町地区にある葡萄牙(ポルトガル)大使館。

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マンションのわかりにくいところに徽章が...

一応、葡萄牙も英吉利に劣らない長い歴史を持つ國なのに、英國とのこの差は………



壁|'-')ノよいお年を。

彌生のころに逝った淺草寺

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

最近はとみに暑くなってきました。

なので―――

フォルダ整理していたらでてきた、まだ昼も涼しかった彌生のころに出向いた淺草寺の寫眞。

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撮影したのは午前3~4時ころでしたね、たしか。

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夜は寒いけど、御覧のやうに人もほとんどいないので、周囲に気兼ねなく撮影できました。

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それでも、出勤する人がちらほら通るし、夜櫻撮影の人も1人、2人ぐらいいましたね。
あと外國からの観光客っぽいのも。

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これから夏へ向かうと、夜の時間も短くなり、夜でも過ごしやすいので人も増えて、なかなかじっくり撮影することは難しくなるかもですね。

寒さに耐えるか―――
人の群れに耐えるか―――

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五重塔。

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より近くまで行けるのか試行しましたが、諦めました( ゚ω゚ )



壁|'-')ノよいお年を。

熊野神社

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

気が付けば卯月でした。

今回は地元の神社に逝ってきました。

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熊野神社。

この地にて1千年以上の歴史を持つ神社です。

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子どものころ、ちょこちょこ遊びに来てた神社ですね。
今回、久方ぶりに訪れました。

いろいろと様変わりしてましたね。

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子どものころ駆け登ったミニ富士。名前があったはずですが忘れました。
神社の人も見当たらなかったので、ちょっと名前は聞けなかったです。

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子どもの頃は難なく登れた山道をえっちら登って山頂に。
富士淺間大神社の祠がありました。


熊野神社には隣接して―――

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清龍寺不動院があります。

熊野神社の境内横と社殿わきに石段があって、そこを登っていったところにあるんですね。

ここには明治37年(1904年)、露西亞との開戰を決意した時の総理大臣・桂太郎が戰捷を祈願して瀧行に訪れた場所でもあります。
さらに、旅順攻略を任された陸軍大将・乃木希典が出陣前に不動院に1週間こもり、瀧に打たれて勝利を祈願した場所でもあります。

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不動院に置かれている桂総理と乃木大將の写真。

不動院の近くには―――

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開運後利益の洞窟が...

子どもの頃は遊び心を刺戟する洞窟探検としゃれ込んでいましたが、いま逝くと、洞窟の狭さにびっくりです。
大人は背を屈めないと入っていけないですからね。

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この洞窟内には白菊稲荷大明神さまが祀られています。


なお、不動院では所定のお金を納めれば、瀧行、座禅、護摩焚きもできます。



壁|'-')ノよいお年を。

箱根の山へ

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

先だって、箱根の山へ行ってきました。

決してゆるキャンに刺戟されてのことではありません。犬山あおいちゃん可愛いヾ('ヮ'*)ノ

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登頂開始時刻はゼロ・ダーク・サーティな0400時すぎ。

めっちゃ寒いです。冬だから当たり前だけど。


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途中、このような家屋が...

時間的にこんな家屋にブチあたると、幽霊でもいそうな廃屋の如しですが―――

ただの幼稚園です。

山の中に幼稚園とはなんぞや?

箱根の山では当たり前の風景なのです。


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登頂開始からおよそ3分。

頂上が見えてきました。

見よ、あれが203高地の頂きぞ。


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険しくも整備された登山道を昇ること十数秒―――


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無事、山頂に着きました。

標高44.6米。

帝都・山手線内における最高峰を踏破した瞬間です(`・ω・´)キリッ


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山頂から南西方向を見やれば、そこには新宿副都心の高層ビルが...

素晴らしい景色ですね( ゚ω゚ )


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なお、この箱根山のふもとには、旧帝國陸軍の戸山學校が置かれていて、そのことを示す碑もあります。


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なお、箱根山に登ったといふ登頂証明書もいただけます。

なお、登山届は必要ない模様。


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裏面には箱根山について。



壁|'-')ノよいお年を。

猿島

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

先日、横須賀沖の猿島へ上陸したので、その時の画像をば...

ちな、はいふりカメラ使いました。


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三笠桟橋接舷の船上より猿島方面。

この日は日差しはあるものの、冬特有の冷たい海風が吹き荒れていました。

船酔いはせんでしたが、ケッコ→揺れましたね。


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猿島より横須賀市街。

上陸時に波ひっかぶったのはいい思い出です( ゚ω゚ )


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猿島の浜辺より横須賀方面。ひっそりと富士山が写っています。

ナナメっているのは、強風でスマフォが揺さぶられたからです。
三脚? そんなハイテク兵器は我が軍にはありませんね。


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兵舎及び弾薬庫地区。

内部を撮影しましたが、蜘蛛の巣さんだけが自己主張してて面白いものはありませんでした( ゚ω゚ )


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砲座跡。

要塞砲や防空用の高射砲が設置されていた模様。

高射砲はともかく、要塞砲の場合は隠顕式にしないと敵の砲撃や空襲にやられて生残性が落ちてしまいますね。


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仏蘭西積煉瓦の隧道。

こうやってみると、ここちゃんと一緒にいるようで自分は好きです(*'-')

なお隧道内は照明があるけどがっつり暗かったです。
明るそうに見えるじゃろ? 暗いんだぜ、これ。


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砲座跡から横須賀方面と浦賀水道方面。

世界有数の海上交通路だけあって、ケッコ→な数の船舶が航行してましたね。


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砲座の近くに、崖下へ下りる階段がありまして、旧軍艦艇のラッタルのようなそこを下りていきますと―――


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貝塚の洞穴。

ちな、ここから先はいけないので、またぞろ階段を昇っていかねばならない...


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海際へ下りれる階段もあるのですが、この日は立ち入り禁止でした。
豹紋蛸に注意する旨の看板もありました。

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1時間ほど在島して、帰りの船で三笠桟橋へ戻りました。

その際に、船上より軍艦『三笠』を撮影。

洋上に浮かぶかのような沖合からの撮影だと、『三笠』も映えますね。

この艦が洋上を疾駆する様、見たかったですね。



壁|'-')ノよいお年を。

横須賀に

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

先日、帝都某所へ行ってきました。

そこには―――

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錨があるからです。

わかる人はもうおわかりでせう。

これは帝國海軍驅逐艦『初霜』の錨。
『初霜』は『初春』型驅逐艦として浦賀にて建造されました。太平洋戦争では、開戦から終戰間際まで活躍し続け、とくに昭和20年4月の『大和』沖縄特攻に参加した際は、激しい攻撃下にあってよく善戰敢鬪、輕微なる被害でのりきりました。

昭和20年7月、京都・宮津湾で機雷に触れ擱座、終戦後に解体されました。

この錨は解体後、『初霜』初代軍醫少佐であった某病院初代院長が引き取ったものです。

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はいふりカメラで撮ってもみたので、そちらも...

ここへ赴いたのは時期的に年明け間もない正月のころでしたので、芽依ちゃんの晴れ着姿も違和感なしであります。


つづいて、今年最初の―――

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横須賀訪問。

F-35搭載による航空母艦化の計画がたった、いまをトキめく護衛艦『いずも』DDH-183が碇泊していました。


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米海軍の岸壁には海上自衛隊の潜水艦が隊旗を翻らせて碇泊。
背後には米海軍『アーレイ・バーグ』級イージス驅逐艦USS『カーティス・ウィルバー』DDG-54。

ちなみに、海上自衛隊の潜水艦は横須賀米軍基地に接岸します。


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はいふりカメラでも撮りました。
アニメでは『いずも』がいるあたりに『晴風』が碇泊しましたね。

はいふり絡みで―――

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五十六どらやきを買いにさかくら総本家へ。

ここのどら焼き好きなので、いくつか買いましたが、また日曜あたりに追加で買いに行く予定です。


今回、横須賀に出向いたのは、横須賀周辺の旧海軍艦艇の慰霊碑を訪れるためです。

まず―――

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慰霊碑ではありませんが、旧軍の機雷/對潜學校跡。

久里浜の防衛省研究所へ向かう道路のわきにひっそりと置かれています。

碑文には、

ここ横須賀市長瀬三丁目一帯には、次の海軍の學校がありました。
海軍機雷學校(昭和16年4月1日創設)
海軍對潜學校(昭和19年3月15日改称)
この學校では、機雷術(機雷・掃海防潜網・爆雷など)、水中測的術(探信儀・聴音機・磁氣探知機など)の教育が行なわれました。
終業して任地におもむいた若人は約2萬7千人、そのうち約8千人の尊い生命が失われました。
この石碑は、このことを後世にのこすために建てたものです。

平成5年4月1日 有志一同


横須賀市街から南へ向かい―――

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軍艦『比叡』慰霊碑のある寺へ。


さらに南へ向かい―――

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驅逐艦『峯雲』慰霊碑を参拝。

騒がずそっと撮影ののち、頭をたれて犠牲になられた乗員の方々のご冥福をお祈りしました。


最後は、観音崎方面へ。

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縣道209號観音崎環状線の道路沿いにひっそりと建つ案内の碑。

このわきの細い道を進んでいくと―――

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驅逐艦『村雨』の碑がありました。


この碑の正面には―――

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浦賀水道が広がっていました。



壁|'-')ノよいお年を。

軍艦-WoWS-

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

今日はひさしぶりにWoWS。
ランダム戰はマッチングまで時間がかかるので、もっぱらCOOP戰。
夕方以降になると開始までの時間がWoT並みにはやくなるんだけどね。


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帝政獨逸海軍のプレ・ジュトランド級戰艦『ケーニヒ』。

『ケーニヒ』級戰艦の1番艦で、ちかごろ我が艦隊に配備されました。
12吋主砲はちょっと頼りない感じがするけど、当たり所さえよければ十分に敵戰艦に打撃を与えられるのでいいですね。


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帝政獨逸海軍の『ドレスデン』級防護巡洋艦『ドレスデン』。

この艦で挙げた撃沈7艦は、我が艦隊でいまだ破られない記録です。
同型の『エムデン』もありましたが、そっちは売却しちゃいました。


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防護巡洋艦とは、19世紀末から20世紀初頭にかけて配備された艦種で、舷側裝甲をもたず、主機などの主要部の上面に裝甲を張った輕裝甲の巡洋艦です。
同時期には似たような艦種で裝甲巡洋艦というのもあり、こっちは舷側裝甲を備えた防禦力のある艦です。
裝甲巡洋艦はこのあと巡洋戰艦へと拡大発展していき、防護巡洋艦は巡洋艦の系統をたどり、1930年に排水量と備砲の大きさによる区別を受けて、輕巡洋艦・重巡洋艦へと進化していきました。


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蘇維埃海軍『キーロフ』級巡洋艦『キーロフ』。

18糎砲の貫通威力が高い、火力重視の巡洋艦で、自分の腕でもそれなりに打撃を与えられるので好きな艦ですね。
ただ、裝甲が薄いので調子こいて照準モードで射撃ばかりして周囲への警戒を疎かにすると、いきなり敵弾にヴァイタル・パートをブチ抜かれて轟爆沈したりするので、なにごともほどほどが一番です。

昭和5年(1930年)の倫敦海軍軍縮条約で、巡洋艦は排水量と備砲により輕巡洋艦・重巡洋艦に区別されるようになりました。
蘇維埃聯邦はこの条約に調印していないので、蘇維埃の巡洋艦を重巡・輕巡という区別をする必要はありません。


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蘇維埃海軍巡洋艦『ムルマンスク』。

課金艦としてはなかなかイイ性能を持つ巡洋艦で、ミドルTierでは我が艦隊の主力巡洋艦の一つです。

装填速度の速い6吋砲彈を大量にバラ撒けるのが魅力ですね。艦尾の魚雷發射管は...まぁ近接戰鬪時の切り札と言ったところです。


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この艦は米海軍が1920年代初頭に建造した『オマハ』級輕巡洋艦『ミルウォーキー』CL-5で、昭和19年(1944年)にレンド・リース法により蘇維埃海軍に貸し出され、『ムルマンスク』と名付けられました。

昭和24年に米海軍に返還され、そのまま海軍に復帰することなく廃棄処分されました。


WoWSはよく動画を撮ってましたが、保存用に使っている外付けHDDが古いので、最近はもっぱらssだけです。

安くなっているからHDD買いたいですが、クルマにお金かけているので、当分は中ブルのHDDに頑張ってもらいます。



壁|'-')ノよいお年を。

台場

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

アズールレーンで愛宕がでません。

高雄を書記艦としても来ませんでした。
多量のキューブと資金を無駄に乱費した、超A級戰犯―――建造に対する罪―――として高雄は除隊廃艦処分といたしました。
おお、なんという独裁・独善的指導指揮態勢。

なお、ウェールズとヴァンパイアは☆MAXまでいけるほど建造できました( ゚ω゚ )

今日は―――

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台場に逝きました。

台場公園。
幕府が幕末時に建設し、旧軍が引き継ぎ、最終的に公園となりました。
そんな公園。

そこへ―――

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うちのベルが遊びに来たわけです。

慣れぬクルマで怯えていましたが、車外に出て涼しい潮風を浴びてご機嫌です。

てかご機嫌すぎてマヂ走り回るので大変でした( ゚ω゚ )

うさぎ用リードをちゃんと付けて正解でした。

でなかったら走り回るベルと鬼ごっこをするハメになっていたことでせう。

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深い草叢を己の塒とみなしたのか、がっつり埋もれています。

この状態で巣作りしてましたからね、抱っこして引き摺りださないとそのまま居座ったやもしれませぬ。

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うさぎ用リードは本来、首と胴体の2箇所につけるのですが、ベルは胴体につけられるのを心底嫌がり、がじがじに齧って食い千切ってしまうので、首輪だけにしています。

苦しくないように、それでいて簡単にすっぽ抜けない程度には締めてあるので、リードから脱出することはありませぬ。

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台場中心部を望むベル。

中央やや上に位置する複数の点々は、陣屋跡。

初めて来たときは、てっきり休憩用の木製の椅子の風化した後かと思いました。

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レインボー・ブリッジとベル。

砲台の台座上に鎮座。

ようやく夏の暑さともお別れできたので、冬の寒さが訪れる前にまた来てみようと思います。



壁|'-')ノよいお年を。