徒然なる戰藻錄

WoTとWoWSをプレイしているところなのです

イオナと扶桑

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

アルペジオとコラボってるWoWS。
イオナ艦長指揮のキリシマで出撃してます。
ちゃんとイオナちゃんヴォイスになっててよかった。

第一弾が条件がメンドくさくて放置してましたが、第二弾は相当に緩和された条件なので、イオナちゃんのために頑張ったんです。その苦労が報われた感じです。

イオナちゃんヴォイスはこんな具合ヽ(゚∀゚)ノ


自艦が沈没時に、「きゅーそくせんこー」とは、さすがに言いませんでしたね。

さて―――

その第二弾イヴェントでの追込み時に活躍してくれたのが、戰艦『扶桑』。
そのときの動画がやっとこさ仕上がったのでうpしました。

格上の『コロラド』や『ティルピッツ』がいるなかで、参加4戰艦中最下位の本艦が気を吐いてがんばりました。




壁|'-')ノよいお年を。

WoWS イヴェント目標ようやく達成

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

現在、WoWSでは第二弾アルペジオが進行中。
前回と違い、どのTierのどの艦をつかってもかまわないので、敵艦艇への累積ダメージを20萬、40萬、60萬、80萬と、総計すれば200萬ものダメージを与えれば達成できる難易度。

くろちゃんもようやく―――

達成しました。

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配布された霧の大戰艦キリシマに、艦長としてイオナちゃんを配置。

キリシマは日本海軍の『金剛』とおおむね同じスペック。
まぁ、原作同様の性能を持たせたら、たとえTier10の艦艇12艦が集まっても撃破できないでしょうからね。

キリシマを使う際は、母港を横須賀にしないといけないですね。
いつもは紐育(ニュー・ヨーク)の夜景を母港にしていたから、見当たらなくて焦りました。

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今回、ふたたび『磯風』で撮影してきました。
たいしたものではないですが、驅逐艦の魚雷戰を楽しんできたのであげておきます。

あと―――
中の人がいない艦を撃沈するのは清々しいのでありますヾ('ヮ'*)ノ




壁|'-')ノよいお年を。

ラグナロクオンライン

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

先日、書棚の整理をしていたところ、数年前までよく集めていた仙彈さんとこのRO同人誌がぽこじゃがでてきました。
なつかしーなーと思い、ふと公式にアクセスしてみたところ、日曜夜の一定時間は無料でログインできると判明。

さっそくクライアントを落とし、ログインしてみました。

数年前に入ったころに比べ接続数は相当に低下していましたが、それでもプロンテラの露店通りはまだまだ人がいっぱいでした。

せっかくなので、いろいろ試そうとしたところ―――

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どうやら養子キャラを3次職に転職させられると判明。
さっそく、第2アカウントの養子キャラをもってきました。
当時は2PC狩りしていたのです( ゚ω゚ )

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アクビになれましたぁ~ヾ('ヮ'*)ノ

養子アークビショップ………最高だな...ヽ(゚∀゚)ノ

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通常のアークビショップはこんなぐあい。
第1アカウントにまだアークビショップがいませんでした。

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養子アークビショップ。

これは最高ですね。
この数年の間にイロイロ変化しているので、浦島状態でのログインでした。

最近のMMORPGはプレイしても楽しいと思えることはないですが、ラグナロクは昔ながらの2Dドットですが、やっぱり楽しいと思えましたね。

初めてプレイしたネトゲだからかもしれませんが。

最初に始めたのは、ニヴルヘイム実装直後でしたから、10年ぐらい前になりますか。

そのころの知り合いは全員いなくなっていますが、数年前にプレイをやめたころのギルドのマスターやメンバーはまだプレイしているようなので、会いに行こうとおもいます。



壁|'-')ノよいお年を。

WoWS 日本驅逐艦 峯風

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

WoWSでの峯風戰。
今回は簡単ながら解説文を組み込んでみました。






壁|'-')ノよいお年を。

WoWS 獨逸巡洋艦ケーニヒスベルグ戰

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

WoWSでのケーニヒスベルグ戰。



裝甲の薄さを衝かれてちょこちょこ撃沈破されていたのですが、今回、よーやっとこさイイ具合に戰えましたのでうp。

プレイ時にbandicamを作動させるのを忘れていたので、リプレイで録画しています。




前回上げた動画がなぜか波うって面妖しいといわれたので、修正できた(と思われる)ものを用意しました。


壁|'-')ノよいお年を。

観音崎と金田湾

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

横須賀訪問最終回。

今回は横須賀の南、観音崎などです。

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軍港めぐり、『三笠』訪問を終えた時点で正午を大きく過ぎていたので、ランチタイムと洒落込むことにしました。
横須賀といえば海軍カリーですが―――

ネイビーバーガーも捨てられません。

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第七艦隊バーガー
¥5,200( ゚Д゚)

某ロッテリアのタワー型バーガーなんぞコレに比べたら...

これむしろ、第七艦隊といふより扶桑バーガーでもいいんじゃないですかねぇ。

昼はちかくのハニービーさんとこで手ごろなネイビーバーガーをいただいてきました。
手ごろ、と言ってもそれは米兵基準。
バーガーのみの注文でしたが、十分でした。
気を大きくしてポテトとか頼まなくて正解でしたヾ('-'*)ノ


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帰宅後に食べようと、ツナミさんとこでテイクアウトでネイビーバーガー買ってきました。

ブルーレイのケースとくらべても、バーガーを収めた箱のデカさがパないです。

箱の下は油がしみてますが、実際、すげー肉汁たっぷりでした。

ハニービーさんとこで食べたときも、ちょっと上からバンズを押しただけで肉汁があふれ出てきました。


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ロナルド・レーガン・バーガー。
¥2,160也。

テイクアウトしたのでチーズとか固まってますが、お店で食べるときはとろけたチーズと肉汁でパないぐらいです。

なお、くろちゃんは夕食と翌日の朝食の2回にわけてようやく完食した模様。


さて、気を取り直して観音崎。

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観音崎の浜辺。海水浴場でしたが、時期的に泳ぐ人はおりません。

観音崎は三浦半島の東端に位置し、房総半島の富津岬とで浦賀水道を挟む形になっています。
房総半島とは狭いところで距離わずか3.8海里(約7粁)しかありません。


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対岸に房総半島。

さて、なぜ観音崎に来たのか?
たしかに観音崎は公園化され、三浦半島東部でも有数の観光地になっています。

今回来訪の目的は―――

東京湾要塞です。

観音崎には19世紀はじめごろに幕府によって陣屋が設けられて以後、明治政府によって帝都防衞、東京湾防備のための東京湾要塞の整備が進められてきました。

東京湾要塞として有名なのは、横須賀沖の猿島、富津岬沖の第一海堡、第二海堡ですね。
三浦半島にはほかにも、城ヶ崎、千代ヶ崎、三崎などがあり、千代ヶ崎や猿島砲台跡は國の史跡に指定されてもいますね。

東京湾要塞の砲台あとを巡ったレポートなどは、廃墟訪問サイトなどで詳細なのがあがっていますので、今回はぶらりと訪れた簡単なものにしました。

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観音崎周辺の主要な砲台跡。

イ:走水砲台 ※一般立入不可
ロ:三軒家砲台
ハ:腰越堡塁砲台
ニ:大浦堡塁砲台
ホ:南門砲台
ヘ:観音崎第1砲台
ト:観音崎第2砲台
チ:観音崎第3砲台
リ:観音崎第4砲台


◆観音崎第一砲台跡
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台座などはなく、休憩場所として整備されていますが、そこここに砲台としての遺構が残されていました。


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第一砲台からしばらく歩くと、灯台のような構造物を備えた建物が見えてきます。
東京湾海上交通センターですね。

ここのそばに観音崎第二砲台跡があります。

◆観音崎第ニ砲台跡
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24加砲は24糎加濃(カノン)砲のことです。

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第二砲台跡は整備もされずにそのままです。
地下弾薬庫らしき遺構は金網でふさがれています。

遊歩道から砲台跡へあがるのも一苦労でした。


◆観音崎第三砲台跡
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砲台跡は遊歩道を普通に歩いているだけではわかりません。
それっぽいところを登ってみて、はじめて撮影したような場所が開けてきます。

しかも砲台とぱっと見てわからないので、よほど軍事に通じていないとわからないでしょうね。

撮影しているときは、はっきりいってホントに砲台跡が自信がありませんでした。


◆三軒家砲台跡
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この場所は三軒家砲台です(`・ω・´)キリッ

と言われても、周囲にそれらしきものはなにひとつありません。

あるのはトイレのみ...

トイレの後ろに不自然な階段があるのを見つけて...

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こんなのがありました。

たしかにそれっぽいですね。

でもこれ以外にはとくに見当たらず...

観音崎公園内を歩いて、一応、これらの砲台をまわってきました。

昼過ぎで日も高い時間帯でしたが、ほどよく日差しがさえぎられ、冷たい空気と風でそれなりに快適でした。ちょっと汗ばみましたが...

一部の遊歩道は登山路っぽいので、歩くときは山登りと同じようにあせらず急がず、自分のペースでいったほうが疲れにくくていいですね。


観音崎といえば、やはり―――

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なので観音崎灯台にも行ってきました。
灯台の上のほうまで昇れますしね。

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これが夜、光を発するわけですね。


灯台の上から―――

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房総半島の陸地に小さく白いのが見えました。
東京湾観音ですね。


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浦賀方面。
手前の陽が当たっている開けた場所は防衞省の敷地。
海上自衛隊の観音崎警備所が置かれています。


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東京湾方向。
さすが世界有数の港湾部だけあって、行きかう船舶の数が多かったです。


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観音崎公園にはこういった場所もあります。


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観音崎を後にして、久里浜、浦賀を通り抜け、最後の目的地である金田湾へ向かいました。


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夕暮れの金田湾。

釣り人を除けば、この時期に金田湾を訪れる人はいません。

なぜ金田湾に来たのか―――

いまから72年前の昭和19年(1944年)11月28日のことです。
その日の午後、この金田湾に航空母艦『信濃』、護衞艦『濱風』、『磯風』、『雪風』がやってきました。

当時、東京はサイパン島から飛来する超重爆B-29の空襲を受けるようになっており、横須賀で艤装中であった『信濃』が空襲を受けることを恐れ、内海西部(呉)に回航する必要が生じました。

『信濃』艦長・阿部俊雄大佐は、東京湾を夕刻出航、列島線を夜間通過して外洋に出るとしました。
これに対し、『濱風』の前川萬衛艦長は米潜の洋上監視能力と雷撃力の高さを幾度となく目の当たりにしており、館山湾に夕刻はいって時間調整をし、翌朝出航、駿河湾をとりあえず目指すべきと主張しました。
これなら陸地側を警戒する必要がなく、對潜警戒も容易であるとのこと。

最終的に阿部艦長の方針が取られ、『信濃』、『濱風』、『磯風』、『雪風』の4艦は28日午後1時半ごろに横須賀を抜錨。金田湾で仮泊したのち、午後6時に金田湾を出航。『信濃』にとって最後の航海に出て行きました。


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72年前、この金田湾に7萬噸級の航空母艦と、歴戦の精鋭驅逐艦群が浮かんでいたんですね。
いまはただ波が打ち寄せるだけ。沖合いもいきかう船は少なく、ひっそりとしていました。


最後に―――
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『天津風』の連装砲ちゃんと魚雷發射管が愛車に乗り込んできましたヾ('ヮ'*)ノ

大日本海軍 軍艦三笠

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

横須賀観光の2回目は、横須賀の観光地として有名な記念艦『三笠』。

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戦後に荒廃したとはいえ、明治期に建造された日本唯一の現存艦ですからね。
横須賀を訪れたらここには足を運ばねばなりません。


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軍艦『三笠』。
冬晴れのもと、宮城(皇居)を指向して鎮座まします御姿は、すぐる明治38年の対馬沖海戰で皇土防衞の重責を果たしたもののふそのものです。


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三笠公園には東郷元帥の像も。
米海軍のニミッツ太平洋艦隊司令長官は士官時代に東郷長官と会ったことがあり、大きく感銘を受けたそうです。戦後、荒廃した『三笠』復興にニミッツ長官が貢献したのは、東郷長官への思いもあったからでしょうね。


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『大和』型戰艦の18吋主砲弾。


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艦首の菊花紋章。
帝國海軍の主力艦は艦首に菊の御紋を戴き、軍艦籍にはいっています。
軍艦籍にはいると、艦内に御真影(天皇陛下の御写真)が奉じられます。
水兵のペンネントも、大日本軍艦○○と表示されます。軍艦籍以外だと、大日本水雷艇○○となります。

なお、軍艦籍の艦のトップを艦長と呼び、軍艦籍以外の艦のトップは長のみがつきます。
つまり、航空母艦『翔鶴』なら空母は軍艦籍なので艦長と呼びますが、輸送艦だと軍艦籍にはいらないため輸送艦長と呼びます。ただ、現場ではそういった呼称の区別はしていなかったようです。
驅逐艦も一時期は軍艦籍でしたが、その後は軍艦籍からはずされ、本来は驅逐艦長と呼ばねばなりませんが、乗員はほぼ全員が驅逐艦長を艦長と呼んでいました。


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『三笠』の30糎聯裝主砲。
これは前部一番主砲。『三笠』はこの主砲を前部と後部に1基ずつ装備しています。


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重量400瓩、射距離10粁。
海軍最後の戰艦となった『大和』は重量1.45噸、射距離42粁です。
主砲口径はほぼ1.5倍ですが、重量は3倍強、射距離は4倍になっています。

およそ40年で戰艦の技術、性能はそこまで変化していったわけです。
とはいえ、それが戰艦の限界であり、戦後、戰艦の主武裝たる主砲はミサイルにその座を譲ることになります。


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無線室。
展示のため室内は明るいですが、当時の照明はさほど明るいものじゃないですから、薄暗い中で、しかも波に翻弄されながらの環境下での作業は相当苦労したでしょうね。


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艦長公室。


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東郷長官の寝室。
ベッドが小さく感じますが、戦前の日本人の平均身長はいまよりもずっと小さいので、この大きさで十分だったのでしょう。


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厨房。


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厨房の天井にはグラスを提げる梁。
斜めに設えてあるので、これならちょっとやそっとの揺れでは落ちてこないですね。


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日本海軍艦艇といえばやはり艦内神社です。
御賽銭を奉じて参拝しました。


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『三笠』艦内では限定イヴェントとして、明治と昭和期の聯合艦隊、海上自衛隊、バルチック艦隊の艦戰模型がずらりと展示されています。
そのなかで目に付いたのがコレ。

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艦これでは改『大和』型をだすっぽいという話を聞きましたが、こっちも来てほしいところです。
WoWSでは主砲は8吋ですが、外観がこれに似た巡洋艦『蔵王』がTier10にありますね。


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艦橋左右両舷の張り出し部に探照燈。


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60糎だと小さいかも………と思ったけど、近くで見るとなかなかに大きいです。
『大和』型の150糎探照燈はこれ以上にでっかいんですよね。


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機械水雷、つまり機雷。
機雷は能動的な武器ではないですが、費用対効果に優れた武器でもあります。
機雷を敷設することで敵艦隊の進路を妨害し、進撃路を予測しやすくなりますし、たとえ敷設しなくとも、敷設したと匂わせることで、それだけで敵艦隊を疑心暗鬼に陥らせることができます。


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『三笠』の被弾艦材で作られた灯篭。
笠の部分が穴だらけなのは、被弾や破片の激突による破孔ですね。


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『三笠』マスト。
ぶっといです。
作業台まで昇れそうですが、事故防止のため昇ることはできません。


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艦首方向より。
メインマスト、でっかいです。
上方の筒状の場所は見張り台ですね。


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後部より。
檣にZ旗が掲げられています。


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艦尾の旗竿。
軍艦旗が掲げられています。
撮影時はあまり風が強くないので、これが限界でした。


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後部艦橋より艦首方向。
煙突と空気取入口。


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前部艦橋より艦尾方向。


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艦橋操舵室。


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分厚い裝甲に覆われた司令塔内の操舵裝備。
入り口はやや体を斜めにしないと入れないぐらい狭かったです。


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艦橋より右舷に猿島と房総半島。


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左舷の主錨。
でっかいです。
右舷には錨のない状態を見ることができます。


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15糎副砲。
正確には1895年型40口径152粍速射砲。


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『三笠』はこの副砲を片舷7基、両舷計14基装備しています。


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15糎砲彈は重量45瓩ほどあり、当時の日本人には重かったそうです。
『金剛』型や『扶桑』型が15糎砲なのに対し、『伊勢』型と『長門』型が14糎砲を副砲としたのは、砲彈の重さによる装填時間の遅延があったからでした。


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黒服の人は号令だけで楽そうですが、部下たちの鼓舞などやることやらないと大変でした。


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8糎砲群。
正確にはアームストロング40口径76粍速射砲。


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8糎砲の引き金。


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ハンドル操作で砲身を上下に動かせます。
仰角はこが限界でした。


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俯角はこれが限界。
至近距離に迫った敵魚雷艇を撃てそうな感じですね。


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砲架は左右に旋回させられます。
ハンドルではなく砲そのものを動かすので、けっこう重いです。
左はこれが限界。


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右はコレが限界。
まぁ、あまり左右に振っても、そこで発射したらヘタするとほかの8糎砲の砲身や、そこから打ち出された砲彈に当たって惨事になりますものね。

ちなみに、以前、『五十鈴』のとこでも書きましたが、発射した砲彈や銃弾が空中でほかの銃砲弾と当たることはときおり起きていたそうです。


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30糎主砲。
これが重々しく旋回し、砲身をもちあげるときのカッコよさはひとしおです。


1分20秒のところで『陸奥』が主砲を旋回させています。
この重厚さが戰艦の醍醐味ですね。


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艦橋より第一主砲。
けっこう至近距離に主砲があり、発砲時の爆風もすごかったのではと思います。


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主砲天蓋の観測窓や将校塔の突起。


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後部第二主砲。
軍艦旗も翻ってくれて、いい感じです。


横須賀訪問記は次で最後。



壁|'-')ノよいお年を。

横須賀軍港めぐり

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

先日、見事な冬晴れのもと、横須賀軍港めぐりに行ってきました。
遊覧船で洋上より米海軍、海上自衛隊の基地、艦艇を見学できるといふもの。
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およそ45分間のコースで、船内もしくは上部デッキから見ることができるのです。
一番いいのは上部デッキですが、睦月の時季では日差しがあっても、航行中は寒風吹きすさぶなかにいるので寒いです。
今回は11時の第一便で予約していたので、明け方ごろに愛車で横須賀いり。
仮眠を取ったのち、チケットを交付してもらい、10時過ぎより桟橋で待機。

くっそ寒い中、1時間待った甲斐もあって、上部デッキ最前列右舷端の特等席を確保できました。

以下、つたない腕前ながらいくつか撮ってきましたので公開。

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汐入桟橋より自衛隊基地を望む

左手前の遊覧船『シー・フレンド5』(42総噸)で横須賀軍港地区を巡ります。
左手奥の護衛艦がいるのが海自基地、画像右側が米海軍基地。


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古野電気製レーダー搭載

世界シェア4割といふ古野電気の船舶用レーダーです。
なぜこれを撮ったのかといふと、昨年、北朝鮮が公開した新型ミサイル艇に、じつはこの古野製レーダーが搭載されているからです。民用品なら北朝鮮でもなんらかのルートで入手できるんですね。

『シー・フレンド5』を眺めていて古野製レーダーが搭載されているのを見て思わず撮りました。


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YFN-934 非自走バージ

出航後すぐ右手に見えたのがこの艀。
こんな艀、しかも曳航式のものにもしっかりと艦種記号と番号が割り当てられています。


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海上自衛隊潜水艦

米海軍施設の岸壁ですが、潜水艦部隊は米海軍と共同なので、海自の潜水艦は米軍岸壁に入ってきます。
艦尾の舵が垂直なので、『そうりゅう』型ではなく『おやしお』型と思われます。
なお、朝9時ごろに桟橋に来たときにはいなかったのですが、11時の出航時には接岸していました。


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汎用護衛艦『たかなみ』DD-110とイージス護衛艦『きりしま』DDG-174

海自のイージス艦が碇泊しているのはなかなかないらしいです。


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ガイドのお姉さんが『きりしま』の説明時に、『きりしま』の名前はアニメでも有名とのたまっておりました。艦これのことですね、わかります。


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練習艦『しらゆき』TV-3517

旧汎用護衛艦DD-123でしたが、旧式化により練習艦『しまゆき』型2番艦として運用中。


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『しらゆき』は広島県の呉に在籍している艦ですが、なんらかの事情で横須賀に来航していました。横須賀で邂逅できたのはレアなことです。


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イージス驅逐艦USS『フィッツジェラルド』DDG-62

『アーレイ・バーグ』級フライトⅠに属するイージス艦で、空母打撃群に付随して對空、對潜スクリーンとして機能します。
現在は整備中のようで、後部艦上構造物に白い覆いがかけられていました。


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『フィッツジェラルド』の向こう側に待望の艦影が見えてきました。

オーヴァー・ホールで本國に帰ったUSS『ジョージ・ワシントン』CVN-73に代わって横須賀配備となった―――


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原子力空母USS『ロナルド・レーガン』CVN-76

昨年末に横須賀に入港したと聞いて、今回の軍港めぐりに臨んだのですが、まだいてくれてよかったです。

点検整備で入港しているので、所属の第5空母航空団はホームベースである厚木基地にいっていますね。
艦載機を載せた状態も見たかったですが、仕事柄休みが取れにくくて横須賀になかなかこれない身とあっては、この状態の空母でも一目見れて感激です。


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図体のデカさで定評のガントリー・クレーンが普通のクレーンっぽく見えてしまうほど空母はデカいです。
排水量10萬噸はダテじゃないですね。


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艦首方向からの『ロナルド・レーガン』。
『ニミッツ』級9番艦のこの艦は全長333米、飛行甲板の最大幅76.8米といふ巨大さ。
これに大きさでどうにか対抗しようとしたら、旧軍の空母『信濃』ぐらいでせう。


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『フィッツジェラルド』と桟橋をはさんで『アーレイ・バーグ』級イージス驅逐艦が碇泊中。
横須賀の第7艦隊に配備されているイージス驅逐艦は第15驅逐隊の8艦なので、

USS『カーティス・ウィルバー』DDG-54
USS『ジョン・S・マッケーン』DDG-56
USS『ステザム』DDG-63
USS『ベンフォールド』DDG-65
USS『ラッセン』DDG-82
USS『マッキャンベル』DDG-85
USS『マスティン』DDG-89

のどれかになりますね。


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つづけて『タイコンデロガ』級イージス指揮打撃巡洋艦。
艦首にうっすらと艦番号の6が見えたので、USS『チャンセラーズヴィル』CG-62かUSS『シロ』CG-67のどちらかです。


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おなじく『タイコンデロガ』級イージス巡洋艦。
艦首にやっぱりうっすらと艦番号の6が見えるので、USS『チャンセラーズヴィル』CG-62かUSS『シロ』CG-67のどちらかです。

さきの『アーレイ・バーグ』級をふくめ、米艦艇だけで4艦ものイージス艦が在泊していました。
海自艦もふくめると5艦、これほど多数のイージス艦が碇泊しているのはめったにないことです。


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護衛艦『おおよど』DE-231

横須賀港のかなり沖合いに護衛艦が1艦、仮泊していました。
『おおよど』は青森県大湊基地の第15護衞隊所属の艦で、さきの『しらゆき』同様、なんらかの目的があって来航したようです。


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護衛艦『あぶくま』DE-229と護衛艦『とね』DE-234

さきの『おおよど』とおなじ『あぶくま』型護衛艦。
艦記号DEは地方護衞隊(旧・地方隊)配備の護衛艦で、この『あぶくま』と『とね』は『しらゆき』と同じ呉の所属艦です。


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この『とね』と先に挙げた『たかなみ』は、横須賀市の南に位置する浦賀船渠で建造されました。
その浦賀船渠も今は閉鎖されていて、最後に建造されたのは『たかなみ』でした。


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艦尾にゲートを備えているかのような艦が見えてきました。
輸送艦か、はたまた掃海母艦か...


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掃海母艦『ぶんご』MST-464

これまた呉所属の艦が横須賀に来ていました。
横須賀所属の掃海母艦は『うらが』MST-463ですが、こっちは姿が見えませんでした。
『ぶんご』は掃海艇の支援だけでなく、ヘリを用いた掃海作業がこなせるよう、艦尾にヘリ甲板を備えています。

ひとつ前の画像で艦尾にゲートらしきものがありましたが、『ぶんご』は掃海母艦でありながら機雷敷設能力を備えており、機雷をここから海に投下することができます。


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艦橋前方の76粍速射砲は『ぶんご』のみが装備しており、1番艦『うらが』は現在、未装備です。

『ぶんご』は艦内容量の大きさ、充実した医療設備、湿度や温度を一定に保つ機雷庫を備えているため、災害派遣にも投入されます。
2011年3月11日の東日本大震災では、救援物資の輸送や被災者への入浴設備提供などの支援業務をこなしました。


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掃海艇『ゆげしま』MSC-679(左)と『ながしま』MSC-680(右)

『うわじま』型木製掃海艇がいました。
ともに函館基地所属。
今回は呉といい大湊、函館といい、各地から多様な海自艦艇が来航してきていました。


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退役予定の海自艦。
艦番号も消され、あとは解体されるのを待つ状態です。


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海洋観測艦『にちなん』AGS-5105

満載4,500噸級の大型の海洋観測艦で、潜水艦/對潜水艦作戰用の海流や海底地形などの調査、情報収集が任務です。
地味ながらも、露西亞や支那の潜水艦の脅威が高まる現在にあって、貴重な戦力です。


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掃海艇『えのしま』MSC-604と『はつしま』MSC-606

強化プラスチック製の艦体をもつ新型掃海艇。先に挙げた『うわじま』型掃海艇よりも艇番号が若いので『うわじま』型より古いと思われましょうが、こっちのほうが新型です。
『うわじま』型が1990年代の就役なのに対し、『えのしま』型は2012年度より就役がはじまっています。


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護衛艦『ゆうぎり』DD-153

ソマリア沖やアデン湾で海賊退治に活動したことで知られる護衛艦ですね。
ですが『ゆうぎり』の名を悪名のほうで知らしめたのは、1996年6月のリムパック演習中での出来事ですね。
『ゆうぎり』の20粍バルカン・ファランクスが米海軍のA-6Eイントルーダー攻撃機を誤射して撃墜しました。


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試験艦『あすか』ASE-6102

海自の主要裝備が開発されると、まずはこの艦に載せて各種試験が行なわれます。

このあと正面から撮れるチャンスがあったのですが、コースの終盤だったので寒風にさらされた指先がうまく動かせず、撮ることができませんでした。


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汎用護衛艦『むらさめ』DD-101とミサイル護衛艦『はたかぜ』DDG-171

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『しらゆき』とともに『むらさめ』、『はたかぜ』。

このあと、再度『きりしま』のそばを通って汐入桟橋に帰還、接舷しました。

今回は米空母に『タイコンデロガ』級巡洋艦、呉や大湊から来た護衞艦艇が見れるなど、なかなか充実したクルージングでした。

乗船客は高齢の方々のほか、子供連れや若い女性も多かったですね。

今度来ることがあれば、海上を疾駆しても寒くない季節に行きたいですね。


自分へのお土産ヾ('ヮ'*)ノ
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壁|'-')ノよいお年を。