徒然なる戰藻錄

WoTとWoWSをプレイしているところなのです

【秋イヴェント≠MS諸島】を史実的に見るっぽい

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

後段作戰はMS諸島ことマーシャル群島。
戦後のビキニ環礁での原爆実験がモチーフですね。
原爆実験クロスロード作戰はいろいろ画像など資料もあるので、別の観点から見ることにしました。

つまり、昭和19年のフリントロック作戰、米軍によるマーシャル群島侵攻作戰です。


米軍の水陸両用車輛
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沖合に浮かぶ輸送船から、人員、車輛、物資を迅速に上陸させるための裝備としては、日本軍の大發動艇がありますが、米軍は濱辺にのりあげたあと、戰鬪車輛として機能するタイプの車輛を開發・運用しました。
この種の裝備は水陸両用戰裝備として、21世紀の今日でも使用されています。


上陸待機中の両用戰部隊
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水陸両用トラクターLTV-1や水陸両用トラックは南洋の珊瑚礁の島々に上陸するうえで欠かせない裝備でした。浅瀬や珊瑚が一般的な舟艇の陸地への接近を阻む天然の障害物となりますが、LTVシリーズはそういった障害物を乗り越えることのできる装備品でした。


水陸両用装甲車
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LVT2型と呼ばれた水陸両用装甲車は、水上を5.4節(時速約10粁)、地上を時速約32粁で走ることが可能でした。車内に歩兵など20名を載せることができ、12.7粍機関砲と7.7粍機銃を備え、歩兵の地上戦闘に火力支援を提供することができました。
上の画像は昭和19年2月2日、ナムル島に上陸した米海兵隊第24聯隊の海兵を下ろしているLVT。


米空母『レキシントン』CV-16を攻撃し撃墜された日本機
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マーシャル群島侵攻に先立ち、米機動部隊は昭和18年12月、マーシャル群島各地に空襲を開始、同地に展開していた日本軍基地航空部隊と壮絶な戰鬪を展開しました。いわゆるマーシャル諸島沖航空戦です。
上の画像は12月5日、第五三一航空隊の天山隊による攻撃のもので、『レキシントン』に魚雷1本を命中させることができました。


ルオット島
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マーシャル群島ラリク列島に属するクェゼリン環礁は、マーシャル群島でも有数の規模を誇る環礁で、日本海軍第六艦隊の潜水艦部隊の前進拠点として使用されてきました。
クェゼリン環礁の北部にルオット島、ナムル島という島があり、日本軍はルオット島に飛行場を建設し、巾70米、長さ1,330米が1本、同じ巾で長さ1,100米が2本の計3本の滑走路を敷きました。
米軍侵攻時、第二四航空戰隊司令部、第七二五航空隊、第二八一航空隊などが展開し、マーシャル群島における海軍航空の中枢でした。

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現在はロイ・ナムル島と呼ばれており、ぐーぐる先生でもわかるように、完全にひとつの島となっています。
昭和19年当時も橋のような細さで陸続きでした。左側の滑走路が見えるのがルオット島、右の緑豊かな側がナムル島です。
ナムル島には昭和17年2月、對空捜索用電探である二一號電探の地上型が配備されました。当初は故障ばかりで役に立ちませんでしたが、昭和19年当時は對編隊であれば80粁ほど先まで捕捉することができました。


米軍占領下のルオット島
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昭和19年4月ごろに米軍が撮影したルオット島の模様。
滑走路の整備は完了し、多数の航空兵力が展開しているのがわかります。
米軍はルオット島攻略に際し、同島の飛行場を即時利用することを狙っていたので、在地日本機の撃破に集中し、滑走路を徹底的に叩く攻撃は控えました。そのため、占領後の飛行場整備は米軍の機械力をもってして極めて迅速に完了しました。


米軍の侵攻を受けるナムル島
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米軍は昭和19年1月30日よりナムル島への攻撃を強化。2月2日に米海兵第4師團の海兵第24聯隊が上陸しました。日本軍は激しく抵抗しましたが、事前の砲爆撃で防禦力が低下していたこともあり、翌3日にはほぼ全島が米軍の占領下に置かれました。
上の画像は北側から撮影されており、画像右側に写っているのがルオット島。


クェゼリン本島
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クェゼリン環礁の南端に位置する島で、マーシャル群島方面の海軍部隊の中枢として、各種施設が建設整備されていました。飛行場設備も、巾80米、長さ1,200米のものが建設されました。
海軍第六根拠地隊、第六一警備隊、陸軍の海上機動旅團第二大隊などを主力におよそ3,900名が守備に就き、米上陸軍と激しい地上戦を展開しました。

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米軍はクェゼリン環礁を攻略後、マーシャル群島東部のメジュロ環礁の制圧に乗り出しました。
メジュロ環礁は艦隊投錨地として最適な要地のひとつでしたが、日本軍は守備隊を配置していなかったため、米軍は2月1日に無血占領しました。

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米軍はメジュロ環礁内のタイラップ島とジアリット島に飛行場を建設、マーシャル~ギルバート間の連絡線保護用の航空基地として、そして母艦機の着陸場として運用しました。
メジュロ環礁は米軍の補給・中継用泊地として使用され、昭和19年6月のサイパン侵攻時の前進拠点としても活用されました。


米軍の空襲を受けるブラウン環礁
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日本がブラウン環礁と呼んでいたエニウェトク環礁は、マーシャル群島の西部に位置し、マーシャル群島最大規模の艦隊投錨地機能を有する環礁でした。
円形に近いこの環礁に日本軍は複数の守備隊を配置し、北部のエンチャビ島には陸上攻撃機を配備した1,200米級の飛行場がありました。
上の画像はエンチャビ島の飛行場で、昭和19年1月31日の空襲の模様。この日の空襲でエンチャビ在地の陸攻隊およそ10機は全滅しました。

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エンチャビ島に上陸する米軍
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中部太平洋を西進するうえで、米太平洋艦隊の中継補給基地としてブラウン環礁は重要な攻略目標でした。
マーシャル群島の西部に位置するブラウン環礁を、米軍は5月に攻略する予定でした。クェゼリンをはじめとするマーシャル群島の要地確保が順調に推移し、予備兵力が無傷のまま残っていたため、この予備兵力を用いて攻略することを決定しました。攻略日時は3箇月繰り上げて2月18日とし、クェゼリン環礁で攻略部隊と支援部隊が急遽、編成されました。
米海軍はブラウン攻略を支援するため、ハルゼー提督の第3艦隊機動部隊に2月17日、トラック諸島を空襲させました。


エンチャビ島へ上陸中の米軍と支援の戰艦群
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上の画像は2月19日の上陸時の模様。海兵第22聯隊の上陸第1波と第2波がエンチャビ島に上陸し、第3波の上陸用舟艇がエンチャビ島の海岸に到達しつつあり、画像左へ向かっている白い筋が沖の船団へ戻る第1波を揚陸させた舟艇群。画像の左側には第4波の舟艇群が写っています。
上の方に写っている大型艦は支援部隊の戰艦で、左がUSS『ニュー・メキシコ』BB-40、右がUSS『ペンシルヴァニア』BB-38。
『ペンシルヴァニア』は戦後、クロスロード作戰に投入され、クェゼリン環礁に曳航されて沈没しました。


ブラウン島に上陸した水陸両用装甲車
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ブラウン島(エニウェトク島)には米陸軍歩兵第27師團歩兵第106聯隊が上陸し、およそ800名の日本軍を裝甲車輛と重火力でもって押し潰しました。
水陸両用装甲車は37粍砲や火炎放射裝備を備えており、日本軍の立てこもる陣地を撃破するのに役立ちました。
2月22日に日本軍は玉砕、米軍は同日午後、ブラウン島の完全占領を宣言しました。

エンチャビ島は19日に米軍が上陸。圧倒的な火力で日本軍を圧倒し、同日中に日本軍を殲滅しほぼ島を制圧しました。日本軍は守備隊およそ3,500名のほとんどが戦死し、生存者はわずか16名でした。なお、米軍の損害は戦死85名、負傷166名でした。

エンチャビ島に隣接するメリレン島には23日に上陸。日本軍は陸軍海上機動第一旅團の司令部とおよそ1,400名が防衞に当たり、地下陣地を駆使して抵抗を試みましたが、米軍は戦車隊を前面に押し出し、火炎放射器を使って陣地を焼き払い、地下陣地を爆破して抵抗を迅速に排除。同日夕方までに組織的抵抗は終結しました。

ブラウン環礁の制圧により、米軍のマーシャル群島の要地攻略は成功裏に終了しました。


ヤルート環礁を爆撃する米軍B-26爆撃機
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マーシャル群島の南部に位置するヤルート環礁は、およそ2,300名の日本陸海軍部隊が駐留していましたが、米軍は攻略の必要性を感じず同環礁を放置。終戦まで米軍が砲爆撃を加える程度にとどまり、同地の日本軍は補給線を寸断され、自給自足を余儀なくされました。


砲爆撃で破壊されたウォッゼ環礁の日本軍陣地と飛行場
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ウォッゼ環礁はおよそ3,000名の日本軍陸海軍部隊が守備を固めていましたが、メジュロ環礁やクェゼリン環礁ほどの重要性はないと米軍は判断し、同地を孤立させて放置することにしました。
補給が途絶した同地の守備隊は栄養失調に苛まれながら、終戦までのおよそ1年半を自給自足で命をつなぎ、思い出したように行なわれる米軍の砲爆撃に耐えるだけの日々を過ごすことになりました。


空襲を受けるマロエラップ環礁の日本軍陣地
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ウォッゼ環礁の東に位置するマロエラップ環礁には、およそ3,300名の日本軍が駐留していましたが、米軍はマロエラップ環礁にさほどの魅力を感じず、ミレ、ヤルート、ウォッゼなどと同じく、補給を切り離して孤立させ、放置することにしました。
もちろん、訓練などを兼ねて終戦まで砲爆撃が不定期に行なわれました。


空襲を受け破壊されたロンゴラップ島の施設
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ロンゴラップ島はクェゼリン環礁の北方およそ150海里に位置する環礁で、海軍が見張所や気象観測施設を設けていました。
上の画像は米軍が無線所や観測施設を空襲しているときのもの。


米軍の空襲を受ける日本輸送船
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昭和19年1月16日、ヤルート環礁沖で米空母機の攻撃を受けているところ。
ヤルート環礁にはこの2日後、輸送船『香取丸』が奇跡的に到達して補給品を陸揚げしました。しかし、それが同地への最後の補給となりました。

この画像でわかるように、機銃掃射や爆撃ですごい状況になっています。
E4輸送ゲージでHマスのヲ級空母との死闘も理解できます。



壁|'-')ノよいお年を。
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