徒然なる戰藻錄

WoTとWoWSをプレイしているところなのです

覚醒したオイゲンは誰にも止められない

はおヾ('ヮ'*)ノ

渾作戰で迎えた新艦娘の5-4-1育成は順調に、まったりと、緩やかに進行中でありマス。

そんな中―――

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『野分』がLv35に達し改完了。
彼女は珍しく破損時よりも通常時の方が好みという驅逐艦娘。
米戰艦の電探射撃を潜り抜ける強運の持ち主ながら、最後は單艦で戦場避退中に戰没する悲劇に見舞われてしまいます。

『野分』は昭和19年10月、捷一號作戰に栗田健男中将率いる第一遊撃部隊第二部隊に属する第一〇戰隊麾下の第一七驅逐隊に『浦風』、『磯風』、『濱風』、『雪風』、『清霜』とともに参加。
10月25日早朝から始まったサマール島沖の海戰においては、米護衛空母群に対し魚雷戦を実施するなど戰鬪に参加しましたが戦果は挙がりませんでした。
サマール島沖海戰で第七戰隊の『筑摩』が米空母機の雷撃で舵故障となり、『野分』はその直衛を命じられました。
その後、『筑摩』と『野分』は第一遊撃部隊をはじめ、どの部隊とも連絡を取ることをせず、両艦はついに比律賓(フィリッピン)の沖に戦没しました。

『筑摩』は25日午後、実弾が枯渇し、しまいには演習弾を用いて對空戰鬪をこなしていましたが夕刻、米空母機の爆撃で傾斜が拡大し総員退艦。
この『筑摩』から退艦し生還できたのは、米軍に救助された1名だけでした。

この生還者が戦後、復員局の問い合わせを受けた際に回答した話では、直衛艦『野分』のことがまったく触れられておらず、『野分』が『筑摩』の援護に当たったのか、それとも『筑摩』とは別働となっていたのかについては、『野分』乗員は総員戦死のためいまもって不明です(100名前後の『筑摩』乗員を救助したという話もあります)。
『野分』は26日0110時ごろ、サマール島北方のルソン島とのあいだにあるサン・ベルナルディノ海峡の東側で米軍水上部隊に捕捉され、撃沈されました。
この際、米軍は『野分』を巡洋艦らしきものと認識していましたが、戦場に於いてはこういった類の過誤錯誤はつきものです。

『野分』の改と前後して―――

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29番目の重婚艦として『巻雲』が婚活終了。

喋り方と言い司令官さまぁ~っていう感じといい、なかなかどうしてくろちゃんのハートをきゅんきゅんに射抜いてくれるコです、はひ。

そして『巻雲』との挙式を終えて―――

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ようやく『プリンツ・オイゲン』の改が完了。

のんびりやっていたのですが、ちょっとのんびりが過ぎたようです。

彼女はなかなかにして可愛いですね。

「ふぉいあ、ふぉいあぁ!」(*>▽<)ノ
って感じの射撃戦時の声といい...

ゲルマン娘にしては元気溌剌な娘っこですね。
オクトーバーフェストではめっちゃはっちゃけていそうです、はひ。

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『プリンツ・オイゲン』は佛蘭西(フランス)の『アルゲリー』級巡洋艦に対抗できる火力、おなじ佛蘭西の戰艦『ダンケルク』級の追撃を振り切れる速力、大西洋での長期戦を可能とする大型巡洋艦として設計された排水量14,000噸級の巡洋艦です。
『ビスマルク』とともにライン演習作戰に参加するなど実戦経験豊富な巡洋艦で、終戦時に戰鬪可能状態で生き残った唯一の獨逸(ドイツ)海軍大型艦です。
戦後は『長門』、『酒匂』らとともに原爆実験の標的艦となってマーシャル群島の海底に永眠しました。

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『プリンツ・オイゲン』のSKC34(C/34型SK8吋砲)は60口径の203粍砲で、射程距離は戰艦並みの33,540米を誇り、散布界も狭く命中精度の高い優秀な砲でした。
初速925米/秒で撃ちだされる高速徹甲弾は、砲戦距離9,500米でじつに240粍の装甲貫通力を誇り、これを防ぐ装甲を持つ巡洋艦は存在せず、輕防禦の巡洋戰艦にすら打撃を与えられる威力を持っていました。
主砲の防禦装甲は前楯160粍、側面70粍、基部80粍と重厚でした。
ちなみに、日本海軍の一等巡洋艦は『古鷹』型から『利根』型まで、その主砲防禦は25粍と薄いものでした。

これで残るは『朝雲』と『早霜』の2艦。
これは年明けまでには完了することでせう。

問題は―――

来るべき改二艦。
予想は『吹雪』ですが、はたしてどうなることやら...



壁|'-')ノよいお年を。
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