徒然なる戰藻錄

WoTとWoWSをプレイしているところなのです

羅針盤と舵

はおヾ('ヮ'*)ノ

春季攻勢(イヴェント)もいよいよ来週となり、今週末から関連情報が小出しに出されるとも言います。
くろちゃんはイヴェントへ向けて資材蓄積に奔走しておりますが、艦隊運用の基本である弾薬がなかなか貯まらず、最悪の場合、死の商人から買い入れ(課金)といふ事態もあり得る状況。

弾薬を作戰開始までにどれだけ貯められるか―――

さて、任務をこなして遠征Onlineをやっていると、ブログのネタがなにひとつうとして生まれない情況になるわけで...

まぁ過疎っぷりにおいてほかの艦これブログの追随を許さぬ閑散とした我がブログにあっては、それはそれで日常のよくある出来事なのでかまいませんが...

今日、妹の友人からいただいたものがあったのです。

それが―――

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コンプティークの特典らしいといふ、《第六驅逐隊 雪中繪圖》

タペストリーとして第六驅逐隊の面々が雪の上に寝っ転がっているといふもの。
描き下ろしっぽいのでうれしい限りです、もらえて。

妹は学業と別のシュミが盛況なため、最近はめっきり艦これにログインしなくなりましたが、こうやって艦これモノをもらってきてくれるその心遣いに感謝なのです。


さてさて...

ネタがない以上、今回は四方山話。

四方山話となれば艦これ系のネタで攻めるが常道なのでせうが、我がブログの四方山話は旧海軍に絡めたものが多いため、どうやってもそのまま艦これネタにつなげないものばかり。

今回もその類です(・ω・)


◆羅針盤

艦これ職人にとって、艦隊運用をはかる上で決して避けて通れないのが、妖精さんがブンまわす魔の羅針盤。行きたい場所があるのにそこを示さず……どうでもいいときにかつて心底行きたかった場所へ執拗に送り込んでくれる……

そんないけずな羅針盤のお話。

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羅針盤―――

艦船には必ずと言っていいほど搭載されている航海用装備品で、羅針儀(コンパス)と呼びます。

陸上と違って、現在位置や目的地へ向かうための目標が見当たらない海上を往く船にとって、これは欠かせない重要な装備品なわけです。

日本海軍の艦艇には、初期のころ、磁気羅針儀が搭載されていました。これは南北を示す磁石の性質を利用したものです。

太平洋戦争に投入された主要な戰鬪艦艇には、磁気羅針儀のあとに開発された転輪羅針儀(ジャイロ・コンパス)が搭載されていました。

これは独楽を内蔵したもので、この独楽に電流を流して高速回転させます。質量の大きな独楽を高速で回転させると、軸が地球の自転方向と一致するといふ性質を利用したものです。

転輪羅針儀は磁気羅針儀と違い、主となる羅針儀から従となるいくつもの羅針儀に同じ方角を伝えることが可能でした。そのため、艦の航行に必要な個所などに(従)転輪羅針儀を設置して、いつでも各部署同じ方角を向いた羅針儀を確認することができるようになりました。
(従)転輪羅針儀は主砲、副砲といった対艦兵裝、高角砲、機銃といった對空兵裝、魚雷発射装置、司令塔、海図室、機関室など重要箇所に設置されました。

(主)転輪羅針儀の方位角度を(従)転輪羅針儀へ伝える方法は次の通りになります。
※これは元海軍航海関係者のお話をもとにしていますが、実際と異なっていたり、ほかの方法が考案・実用されている場合もあります。

主転輪羅針儀の中心部分は艦の進行方向に関係なく常に北を向いています。ここに小さな鉄片を付け、艦体についている羅針儀の枠に、2つのコイルをもったE字型の鉄片をつけます。この鉄片同士の間隔は狭いですが、触れ合ってはいません。

艦が動いて中心部に対して周辺の枠がまわると、鉄片の相対位置がずれ、2つのコイルのバランスが崩れて電圧が生じます。それにより、枠を中心部分に合わせるよう自動制御され、その角度が艦の方向を示すことになります。

この角度をセルシン式通信器を用いて(従)転輪羅針儀に伝え、そこで受信器の目盛板を回して角度を教えるかたちとなっています。

この目盛板にはいくつかの型式がありまして、海軍の艦艇では主に須式(スペリー式)と安式(アンシュッツ式)が用いられていたそうです。
須式は大きな独楽が1箇、安式は小さい独楽が2つ回転するしくみになっていました。

なお、驅逐艦などの小さい艦艇では転輪羅針儀の搭載数は1箇でしたが、巡洋艦以上の大型艦になると(主)転輪羅針儀は艦の前部と後部の最下甲板にそれぞれ1箇ずつ装備されました。
海軍艦艇乗員の体験記や戦記などで登場する、前部転輪羅針儀室や後部転輪羅針儀室といふのがこれになります。
ちなみに、前(後)部転輪羅針儀室を略して前転、後転といいます。

『大和』型戰艦にはさらに1つ追加されて、計3箇の転輪羅針儀が搭載されていました。

安式の転輪羅針儀は戦前・戦中の艦艇に搭載された最新のものでした。この羅針儀には特殊液を詰めた直径40糎の球体があり、そのなかにT字型の独楽が2つ入っていました。
この独楽に三相交流の電流を流し、毎分2萬回転という超高速回転をさせることで、羅針盤の方位を常に北に向かせることができました。
高速回転させるため、過熱防止のため冷却装置が取り付けられていました。この冷却装置に不具合があると、ほんのわずかな温度差でも羅針儀の示す角度に誤差が生じるため、冷却装置の保守管理は極めて重要でした。

なお、この安式転輪羅針儀を作動させ、北を指して静止するまで最短でも4時間はかかったといいます。


ジャイロ・コンパスと併せて開発されたのが、転輪安定装置(ジャイロ・スタビライザー)です。
艦艇の中央部に慣性の大きい巨大な独楽を置き、その軸を鉛直にして固定し、高速回転させます。そうすると、艦体が左右に傾いても、ジャイロがその傾く力に抵抗します。
たとえば、横揺れで艦体が右に傾こうとするなら、独楽軸を艦首に向けて倒すよう力を加えると、独楽軸が艦体を左に傾けようとする力を出すため、結果として独楽が固定されている艦体の揺れを防止することになるわけです。

この転輪安定装置は航空母艦『鳳翔』や『龍驤』などに装備されていたそうです。


◆操舵装置

艦を任意の方角に向けさせる役目を果たすのが舵です。
その舵を動かすのは操舵員という乗員で、操舵員が舵を動かすために使う操縦装置が舵輪と呼ぶ、丸いハンドルのようなものです。

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舵は概ね艦の後方下部に装着されています。
推進器(スクリュー)を動かすと、舵に向かって強大な水圧が加わります。舵輪を回せば、その水圧は舵をとられた面に大きくあたります。
艦が前進するときは舵をまわした面に大きな水圧がかかり、その水圧は舵を反対側へ押そうとします。すると舵が装備されている艦尾は舵をまわした方向とは反対側に動きます。それにより、艦首側は舵を回した方に動いていきます。こうして艦は進みたい方向に艦首を向けることができるわけです。

誰もが知っていることですが―――

艦を右へ向けることを面舵(おもかじ/ポート)、左へ向けることを取舵(とりかじ/スターボード)と言い、日本海軍では艦を直進させる際の発声として、宜候(よーそろー/ステディ)を用いていました。
面舵、取舵の言い方は、「おもーかーじ」、「とーりかーじ」と発声して命令したそうです。

宜候は諒解、よろしい、といった意味があるそうですが、日本海軍では艦を直進させるためのものとして使っていました。

つまり、針路を右50度に変えてその方向へ直進するのであれば、航海長は操舵員に対し、「おもーかーじ」と命じます。操舵員はそれに対しすかさず、「おもーかーじ、面舵20度」と返します。羅針儀の針を見ながら、「もどーせー、舵中央、取舵にあてー」
針が右50度方向で定まるように、「もどーせー。50度よーそろー」と命じるわけです。

日本海軍では戰艦、大型の航空母艦では面舵、取舵の際は15度、巡洋艦以下の高速艦や驅逐艦は20度に舵を切ることと定められています。なお、戦時にあって攻撃回避のための緊急回頭ではその限りではありません。

舵をまわし、目標の針路の手前で舵を中央に戻しますが、数百噸から数萬噸といふ巨大な戰鬪艦艇はそう易々と針路を固定できません。そこで逆に舵を取るあて舵といふ動作をとります。
あて舵の角度は舵を切った際の半分で、戰艦などの大型艦では15度の半分の7度、巡洋艦以下の小艦では20度の半分の10度があて舵の角度になります。

この舵ですが、基本、1枚の舵が取り付けられています。
ですが『扶桑』型戰艦は左右に1枚ずつ、計2枚の舵を備えていました。

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海軍の主要な戰鬪艦艇で舵を2つ備えていたのは『扶桑』型だけでしたが、その後に登場した、『大和』型も2枚の舵を備えて就航しました。

『大和』型の舵は前部と後部の推進器に挟まれるように小型の舵が追加で取り付けられていました。
わかりにくいですが、下の画像の丸で囲ったのが小さい方の舵です。

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引用画像元:(株)ウッドマンクラブ


さて―――
操舵装置は大きく分けて2つあります。

ひとつは直接操舵。
これは舵輪をまわすとそれに連動若しくは直接に舵が動くものです。

もうひとつは間接操舵。
これは舵輪を回すと艦後部の舵取機械が作動し、その働きによって舵を動かすもので、太平洋戦争に参加した多くの戰鬪艦艇がこの型式のものでした。

間接操舵には、水圧式と軸桿式といふ2型式の舵輪の動きを伝える方式があります。
水圧式はパイプ内の水圧を利用して、離れたところにある舵取機械に舵輪の動きを伝えるものです。

軸桿式は、細い鉄棒と歯車を組み合わせて舵輪の動きを伝えるものです。

日本海軍の艦艇の大半は水圧式を使用しており、巡洋艦以上の軍艦はおおむねこの方式でした。
舵機に蒸気機械を用いていた民間の船舶では軸桿式が殆どでした。

司令塔内に置かれている操舵室に、水圧で動かすポンプ式の操舵装置があり、これと接続している舵輪により、左右交互に圧力を加えて動かす仕組みになっていました。

司令塔内のポンプから艦後部の舵取機械室へは真鍮のパイプが延びており、戰鬪時の損傷を考慮して、左右両舷に2通り設置されていました。
水圧式は、どんな圧力を加えても圧縮されることがなく、運動を確実に伝える水圧の特性を利用したものでした。
なお、このパイプ内に重点されている液体はただの水ではなく、特殊な配合による液体だったそうです。

水圧式のパイプ内に余計な空気が入ると、その分、舵の効きが悪くなるため、出港前にパイプ内の空気を抜く必要がありました。
海軍ではこの空気抜き作業をチャージと呼び、若い水兵などが1~2時間ちかく交替で、空気抜き用のポンプを動かす任に就いてそうです。


最後に海軍画像を2つほど―――

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驅逐艦『初霜』(『夕暮』という説もある)

横須賀の海で驅逐艦『潮』から撮影されたもの。昭和18年5月ごろのもので、第2煙突わきの40粍機銃が使いやすい25粍機銃に換装されています。


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一等巡洋艦『妙高』

終戦直後の9月に撮影されたもので、場所は新嘉坡(シンガポール)のセレター軍港。
艦隊行動をとることもなく、防空砲台として終戦を迎えた『妙高』は、昭和21年7月8日夜半から9日未明にかけて、マラッカ海峡において爆破自沈処分されました。



壁|'-')ノよいお年を。
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