徒然なる戰藻錄

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【すでのな型新】 阿賀野型巡洋艦 【近間裝実】

はおヾ('ヮ'*)ノ

完成艦としての二等巡洋艦で未実装となっている2タイプ(※練習巡洋艦のぞく)のうちの1艦、それが『阿賀野』型二等巡洋艦。
今回の四方山話は実装も間近いこの艦型についてご紹介致しませう。

wiki見りゃいいのになんでこんな辺鄙なブログの紹介ネタを見にゃイカンのだ、などとゆーお叱りもなんのその、そこは琵琶湖疏水のやうに穏やかな気持ちで見守ってくりゃれ(ノ∀`)


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◆水雷戦隊旗艦用新型巡洋艦

大正9年(1920年)に『川内』型3番艦の『那珂』の建造が認可されて以降、日本海軍は雷撃戦部隊である水雷戦隊の旗艦を務める巡洋艦の建造・整備がまったく行なわれませんでした。

それからおよそ20年―――
海軍はマル四計画(昭和14年度海軍軍備充実計画)において、久しぶりの水雷戦隊旗艦用巡洋艦の取得に取り掛かりました。

日本海軍では、水雷戦隊を束ねるドンには、麾下の驅逐艦と同等かそれ以上の速力、航続力、航洋性、砲雷戦能力、指揮通信能力などが必要とされており、さらに水上機を用いた長距離索敵能力があるとなお善き哉とされていました。

海軍が水雷戦隊旗艦に充てていたのは、いわゆる5,500噸型と称される直立する複数煙突が外観上の特徴である『長良』型や『球磨』型、『川内』型といった二等巡洋艦、および『夕張』、『天龍』型でした。
その後の新型艦整備については、《海軍軍備制限に関する条約》、つまりワシントン条約が調印されたことで、海軍は主力艦の対米英劣勢を一等巡洋艦の整備で補う方向に進んだため、マル四計画までまったく見ることがなくなってしまいました。

一方で、主力艦の砲的劣勢を補う雷撃戦力の強化が、新鋭驅逐艦である『吹雪』型以降の特型驅逐艦の量産といふかたちで実施されました。
このタイプの驅逐艦は、総合性能で5,500噸型に匹敵もしくは凌駕しており、はやばやと5,500噸型二等巡洋艦の影が薄くなり始めました。

さらに―――

規制対象外であった補助艦すらも制限対象としたロンドン海軍条約の締結により、日本海軍は量的劣勢を質的優勢で補うべく、個艦性能を強化した『初春』型以降の攻撃型驅逐艦の整備に精力を傾注します。131025x2
条約下の数的劣勢を覆すべく建造された初春型驅逐艦初霜

これら新鋭驅逐艦の増産が進むにつれ、5,500噸型巡洋艦でこれら新鋭攻撃型驅逐艦の統一運用をはかるには、砲雷戦能力や航続力などの不足が目立つようになりました。

《攻撃型驅逐艦と旗艦用巡洋艦性能比較》
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マル四計画で4艦の建造が認可された『阿賀野』型ですが、従来の5,500噸型にくらべて、航続力と偵察機戦力の増強が図られています。
これは、5,500噸型建造時のころと違い、対米決戦海面が東に移動したためです。


◆搭載兵装

50口徑四一式一五糎聯裝砲

『阿賀野』型には新型の主砲が搭載されています。
実口径15.2糎の41式15糎砲です。
この砲はもともとは『金剛』型に搭載されていた15糎単装砲で、『金剛』が当時の日本人が取り扱いやすい14糎砲に換装した際に撤去されて余っていた砲でした。
それを聯裝の砲塔形式に設計したわけです。

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終戦後に米軍が撮影した阿賀野型4番艦酒匂の15糎主砲

15糎聯裝砲は対艦・対地砲撃はもとより、仰角55度と大きな上向き角度を持つため、対空射撃も可能ないわゆる両用砲です。初速は毎秒850米、射程距離は仰角30度で19,500米、55度の最大仰角で撃つと25,000米まで届きました。
新型艦砲ながらも、この主砲には問題がありました。
砲弾の装填を人力に頼っていたのです。15糎砲の砲弾は45.3瓩もあり、それを射手ら兵員の手で1發ずつ装填するため発射速度は毎分6発と控えめで、さらに長時間の砲戦継続が(装填手の体力的に)かなり困難でした。

とはいえ、それでも精強なる我が海軍将兵の先輩諸氏はこの苦行に耐え、終戦までその主砲に命を吹き込み続けました。


60口徑九八式八糎高角砲

主砲と同じく、対空砲である高角砲も新型が装備されました。
昭和13年に採用された新式砲ですが、実のところ『阿賀野』型にしか装備されませんでした。同時期に開発されたいわゆる長10糎高角砲が、『秋月』型を始め空母の『大鳳』や巡洋艦の『大淀』に搭載されたのとはえらい違いです。

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艦橋の右舷側舷側に設置された8糎聯裝高角砲

実口径は7.62糎(3吋)で、砲弾重量はおよそ6瓩。砲身の俯仰角度はプラス最大90度、マイナス最大10度までカヴァーできました。
初速は毎秒900米で、発射速度は毎分52發(1門26發)。射程は13,600米に達し、最大射高は9,100米という優秀な対空砲でした。


対空兵装については、計画時から様々な意見が出されました。
一等巡洋艦のやうに片舷2門の高角砲戦力では、門数の少なさが対空威力を殺してしまいます。『古鷹』型は8糎単裝高角砲を片舷2基の両舷計4基を装備していましたが、その対空砲力の不足は致命的でした。

片舷門数を倍の4門にするにしても、排水量との兼ね合いがあるので難しいかもしれない……そうなると40粍、25粍といった機銃を多数装備するのがよいのではないかという意見もありました。

なかには―――
魚雷発射管をすべて撤去し、対空火力を著しく強化し、麾下驅逐艦の雷撃進路を啓開するのが旗艦運用として最適ではないかという意見もありました。太平洋戦争中、もろもろの戦訓から、この意見が旗艦運用としてかなり正しいものであることが実証されます。

高角砲をなくして機銃のみ、という意見に難色を示すものもありました。
巡洋艦は場合によっては船団護衛に従事することがあり、その際、射程の短い機銃のみでは、効果的な対空防禦を提供できないというわけです。


『阿賀野』型巡洋艦はそのすべてが戦時中に完成しており、とりわけ、2番艦以降は水雷戦隊の最後の活躍の場であったソロモン諸島での戦いに間に合いませんでした。
昭和18年以降になると、米海軍の水上戰鬪艦はほぼそのすべてが新式の捜索電探、對水上射撃電探を装備し、日本海軍のお家芸である夜戦に先端科学兵器で挑んでくるようになってました。
こうなると、旗艦先頭の夜間雷撃戦は非常に困難となり、さらに雷撃の機会そのものが少なくなっていきました。


日本海軍の攻撃型巡洋艦としてほぼその極地と言って過言ではない本型の特徴の一つに、艦尾の形状があります。

艦尾の舷側外鈑は上甲板に向けて傾斜が附き、艦尾の船底は平面に近いかたちになり、両者の接合部は鋭角になっています。この形状はデストロイヤ・スターンというナックル附艦尾で、この形状だと艦尾の水流の盛り上がりを抑え、舵の効きが悪化するのを防ぎ、推進抵抗の減少に役立つなどの効果がありました。

こういった艦の構造について、設計者の一人である大園大輔造船中佐は、
「設計にあたって、もっとも重要と考えられたことは凌波性と耐波性であって、このほかに増減速が素早くできて、舵の効きがよく、機敏な行動ができることが重要であった。
艦の凌波性などは、運動方程式などで簡単に解けるようなものではないだけに、豊富な経験と、たえまない理論的、また実際的の研究とを組み合わせて得られるもので、技術的にも難しい問題の一つである」

と述べています。


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終戦後、米軍が撮影した酒匂搭載の二一號電探



壁|'-')ノよいお年を。
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