徒然なる戰藻錄

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五〇口徑三年式一二糎七砲

はおヾ('ヮ'*)ノ

以前、『夕立』改二が完成した際、搭載されている12糎7砲B型改二について、『夕立』にはB型改三が搭載されていたことについて述べました。

今回、日本驅逐艦の主力艦砲であった5吋砲についてかるくご紹介しようと思いまふ。

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驅逐艦初春の12糎7聯裝砲B型改二砲塔


五〇口徑三年式一二糎七砲―――

この砲は日本驅逐艦を代表する『吹雪』型をはじめとする、以後の主要驅逐艦にことごとく搭載された良質の部類に属する艦砲です。

この艦砲の開発の経緯として、日本海軍全般に大きく影響したワシントン軍縮条約が関係してきます。
この条約により、日本海軍は米英海軍に対し数的劣勢を余儀なくされ、量の絶対的不足を質の向上により補おうという方向に進んでいくこととなります。

日本驅逐艦はそういった状況下で、主力戰艦部隊に随伴し、我が主力戰艦を攻撃し来る敵乙巡や驅逐艦、または敵戰艦を雷撃する際に妨害しくるであろう敵巡や驅逐艦を、その砲力で撃破することが求められるようになりました。

まず―――
ワシントン条約後に就役を始めたのは『睦月』型驅逐艦です。
本型には海軍内でG砲と称された45口径3年式12糎単裝砲が4門搭載されていました。この砲は米英の12糎7砲にくらべて威力が低く、とりわけ搭載砲門数の不足が致命的でした。
12年式61糎三聯裝魚雷発射管(酸素魚雷ではなく空気魚雷搭載)を装備して雷撃力の強化を図った『睦月』型も、砲戦力では米英の驅逐艦に対抗しうるものではありませんでした。

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第30驅逐隊所属驅逐艦睦月

ちなみに、このG砲は戦前、泰(タイ)へ輸出された『マエクロン』級驅逐艦にも砲形状を変えて搭載されていました。


海軍はより大きな驅逐艦用艦砲の必要性を実感し、大正11年(1922年)以降、砲熕担当の艦政本部第一部第一課は次期主力驅逐艦搭載の艦砲について検討を開始します。
『睦月』型に搭載されている3年式12糎砲の聯裝砲型、新規開発の13糎砲の単裝砲型、聯裝砲型の比較研究・試作が行なわれました。
そして大正13年、海軍は次期主力驅逐艦についての基本案をまとめました。

大型驅逐艦ハ用兵上左記艦型標準ニ依リ建造スルヲ適當ト認ム

排水量 一九〇〇噸附近
砲熕 一三糎砲四門以上
    八糎高角砲一門


呉の海軍工廠砲熕部は列強海軍の驅逐艦艦砲情況をにらみ、大正12年には50口径13糎莢砲型1門、同砲架1基の試作を開始していました。
莢砲とは、薬莢と弾が一体化している砲弾を撃てる砲のことです。この砲は迅速な装填が可能で発射速度を高める利点がある一方、裝薬を詰める薬莢用の資材の確保、生産に手間がかかり、日本のような無資源国には採用しづらいという事情がありました。

この莢砲型13糎砲は翌年に開発が中止となり、嚢砲式の50口径13糎砲とその砲架の試作開発が新たに始まりました。
嚢砲とは、火薬嚢を用いて砲弾を発射する砲のことです。砲撃には砲弾、藥嚢を別々にわけて装填する必要があり、発射速度の向上が難しいといふ欠点がありました。

嚢砲式の50口径13糎砲は大正13年には早々と採用が確定し、《13式12糎砲》と呼ばれました。
昭和4年11月、内令兵52號において名称が《50口径3年式12糎7砲》へと変わりました。

※内令兵=海軍大臣が充裁を経て発する/大臣自ら発する日本海軍独特の命令)。

なお、日本海軍では小数点以下を単位のあとに記す方式を採っています。
12.7cm → 12糎7
 7.7mm →  7粍7


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B型砲塔裝備の驅逐艦天霧

50口径3年式12糎7砲は上の画像のやうに、砲塔の形状をしています。操砲・装填が露天むき出しのもとで行なわれていた以前の艦砲とは大きな違いです。
この砲塔は戰艦や重巡洋艦の主砲と違って、敵弾防禦を目的としたものではありません。ただの波除けです。

それまでの驅逐艦の艦砲は露天状態で操作しており、毎年、多くの砲員が艦首を乗り越えて押し寄せる波に流されて殉職、行方不明となっていました。

波浪から砲員を保護し、海水の飛沫から砲装置類を防護するための密閉型防楯が3年式12糎7砲に於いて採用されたのはそのためです。
この防楯の厚みはわずか3粍2しかなく、5吋砲弾はもとより、7粍7級の銃弾、砲弾炸裂の破片からも内部を防禦することはできませんでした。あくまで、波浪などから砲員を保護するためのものです。

このため、防禦力のないこれを《砲塔》と呼ぶのはいささかムリがあるのでは? といふ意見がでたとされていますが、海軍省年報といふ海軍省の公式記録に、《五〇口徑三年式一二糎七聯裝砲塔》と記されており、砲塔と称する条件に防禦性能そのものが関係ないことがわかります。

砲塔は電動油圧装置によって旋回/俯仰します。さらに3年式12糎7砲は『吹雪』型以降に採用された方位盤照準装置とも連動しており、その示度を追尾することで砲を目標に指向することが可能となっています。
もちろん、方位盤が故障、損傷使用不能の場合には砲側照準も可能で、砲塔左側の照準口のなかに照準器が装備されています。

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砲側照準用照準器内蔵部


『吹雪』型の10艦、いわゆる《特Ⅰ型》にはこの3年式12糎7砲のA型が装備されました。
搭載艦:『吹雪』、『白雪』、『初雪』、『深雪』、『叢雲』、『東雲』、『薄雲』、『白雲』、『磯波』、『浦波』

A型聯裝砲は2門の砲身を同時に俯仰させる方式で、これにより砲架を軽量化することができました。A型は3年式12糎7砲のシリーズで最軽量の砲塔となっています。
A型の最大仰角は40度、俯角7度の平射(対艦戰鬪用)砲です。対空戦闘は考慮されておらず、『吹雪』型には対空用12糎7砲弾(時限信管)は供給されませんでした。
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A型砲塔裝備艦 驅逐艦薄雲


対空戦闘を考慮したのがB型砲塔です。
搭載艦:『綾波』、『敷波』、『朝霧』、『夕霧』、『天霧』、『狭霧』、『朧』、『曙』、『漣』、『潮』、『暁』、『響』、『雷』、『電』

B型聯裝砲は仰角が75度まで広がって対空戦闘を重視し、左右の砲身を個別に俯仰させることが可能となりました。
対空射撃可能な手直しがくわえられた背景には、航空機の目覚ましい発展と、米英の驅逐艦が対空用の高角砲の裝備を進めてきたことが挙げられます。
ただ―――
B型砲塔が対空射撃をする際は、次弾装填のためには俯角10度にしないといけないため、対空射撃の発射速度が著しく低いものとなりました。さらに時限信管の時間調整を行なう装置の不備も、B型砲塔が対空戦であまり活躍できなかった要因でもあります。

『初春』型6艦のうち、『初春』、『子日』、『若葉』、『初霜』の4艦にはB型改二砲塔が搭載されました。
これは対空射撃用の高度苗頭装置を照準器から撤去して平射用に改良し、照準口をより小さい形状に手直しを加えた砲塔です。
B型の照準口は半円形のシャッターがついたものでしたが、艦首が波を切り裂いた際、艦首に乗り上げる波浪の衝撃で破損し易く、砲員の死傷事故が多発したことを受けての改良です。

これら6艦には単裝砲A型が装備されており、これもB型と同様の改修措置が取られています。


『白露』型驅逐艦の『夕立』にはB型改三砲塔が搭載されました。
これは水雷艇『真鶴』、『初雁』に搭載されていたB型砲塔に手直しを加えたものです。
おもな改良点は、仰角が75度から55度に引下げられたこと。方位盤連動型の受信装置類を追加装備したことです。
wikiではB型改二砲塔裝備となっていますが、こちらの手持ち資料である日本驅逐艦史において、改造訓令及び官房機密により、水雷艇搭載予定砲を『夕立』に載せることとされています。
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B型改三砲塔裝備艦 驅逐艦夕立


対空射撃時における性能不足をB型で痛感した海軍は、つづくC型で仰角を55度に引下げ、B型改二、改三同様、照準口の形状を改良しました。
このC型砲塔は『初春』型の『有明』、『夕暮』、『白露』型、『朝潮』型、『陽炎』型に搭載されました。


『夕雲』型驅逐艦にはD型砲塔が搭載されました。
D型搭載艦は艦橋上部に高角用測距儀が装備され、これと連動して対空用時限信管の時間を設定できるようになり、対空戦闘を再び考慮した砲塔として完成しました。
仰角も75度に増やされています。


『島風』は計画時、E型と呼ぶ聯裝砲の裝備が予定されていましたが、最終的にD一型という砲塔が搭載されました。残念ながら、D一型、E型砲塔の詳細は不明のままです。
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島風進水記念絵葉書
昭和17年7月18日に配られたもので艦型保秘のため艦の絵はいろいろな驅逐艦を混ぜ合わせた形になっている


3年式12糎7砲の製造は海軍主体となって行なわれました。
砲身の製造は呉海軍工廠が当初は担当していましたが、昭和5年から民間の日本製鋼所が製造に着手し、この2箇所で300門以上の砲身が製造されました。

砲塔の生産は呉、横須賀、佐世保の各海軍工廠で行なわれました。
呉海軍工廠では『吹雪』、『東雲』、『白雲』用の砲塔の生産が開始。
横須賀工廠では『白雪』、『初雪』、『深雪』、『磯波』などの驅逐艦搭載分が生産されました。
佐世保工廠では呉工廠と同じく『東雲』用砲塔の生産が行なわれましたが、詳細については不明です。以後、佐世保工廠は主に単裝砲型の生産が中心となっていきました。


さて―――
驅逐艦用艦砲のこの12糎7砲には、敵艦の強固な装甲を射ち抜くための徹甲弾は用意されませんでした。
用意された砲弾は、榴弾として用いる三號/四號通常弾です。
これの信管は対空用である時限信管と水上砲戦用の着発信管です。このうち、『吹雪』型へは時限信管の供給は行なわれていません。

このほかに、終戦までに三式/四式通常弾、星弾、煙弾、照明弾などが供給されました。

三式通常弾は、ガダルカナル島ヘンダーソン基地砲撃で名を挙げた三式弾の驅逐艦用砲弾です。
本来は対航空機用の砲弾で、可燃性護謨に充填された弾子が詰まっています。時限信管により、敵機群の至近で炸裂し、43個の弾子が10度の範囲に広がり、5秒間にわたっておよそ3,000度の熱を発し、およそ100米範囲内の敵機を灼き墜とすことを目的としています。

四式通常弾は三式通常弾の簡略版で、護謨のかわりに黄燐、特殊燐を充填しています。生産は容易ですが、効果範囲は25米程度とかなり狭くなっています。

煙弾は海上に煙幕を張るための砲弾です。
炸裂すると金属ナトリウムが拡散し、海水と触れ合って大きな煙の壁を形成します。
金属ナトリウムの量は1,200瓦で、これにより、煙弾1発で高さ60米、巾150米ほどの煙幕を海上に張ることができました。

照明弾と星弾は夜戦用の目標捕捉用砲弾で、落下傘がついて一定時間、周囲を照らして敵艦を浮かび上がらせるのが照明弾です。星弾は炸裂した時だけ光り輝いて目標を闇夜に浮かび上がらせます。


131017g
B型砲塔裝備艦 第六驅逐隊 驅逐艦響
現代の海自艦や米艦は艦種に艦番号を記しているが、当時の日本驅逐艦の艦種の数字は所属驅逐隊をあらわしている




壁|'-')ノよいお年を。
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