徒然なる戰藻錄

WoTとWoWSをプレイしているところなのです

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潜水艦がくるので四方山話

はおヾ('ヮ'*)ノ

盛夏の新イヴェントの前にちょこっと四方山話でメンテ時間を潰そうと思いマス。


そういえば、こんなサイトがあったのでご紹介。

NukeMap3D
要:Google Earth

Google Earthを利用して、戦時中に投下された原爆を始め、史上最大の核兵器であるソ連製ツァーリ・ボンバーなどを使用した際の放射能汚染域、死傷者などを推測できるというもの。
ん、おとなりのキムチ臭い国や、尖閣やパラセル/スプラトリー諸島を奪おうとしている支那の連中がこぞってGoogle Earth内の日本を核攻撃して遊びそうですね。


◆水上爆撃機と『長門』型戰艦
艦これにおいて、航空戰艦や航空巡洋艦の善き友である水上爆撃機《瑞雲》。そして誰もが早期に手にしたいと願う重武装戰艦の『長門』型。
このふたつはなかなかどうして、現実世界と違って艦これにおいて活躍するものですネ。

四方山話のひとつめはその2つの兵器についてです。

130801b
E16A愛知航空機 水上偵察機《瑞雲》

『長門』型戰艦が航空戰艦として大改装する計画があったことをご存じでせうか?
日本海軍では、新たな戦略や方針が策定され、それに基づいた新型艦の建造が始まると、既存艦艇に手を加えてそれら新戦力の就役までの穴埋めとして、即応兵力として活用するという慣行がありました。

『長門』型戰艦に航空戰艦化の計画が立ちあがったのは、1930年代の初めごろ。欧米との対立が深刻化し海軍軍縮条約の無効化も予測されはじめ、次世代型超戰艦『大和』型へとつながっていく新型戰艦の計画設計が推進されていたころでした。

まず手始めとして、高速性能を発揮できるよう艦尾の延伸計画がたてられました。それにより、目標速力29.7節(時速約55粁)が達成可能と見なされていました。この速力は『金剛』型戰艦に匹敵するものでした。

推進システムである罐と機関関係についても、新型罐の採用により、それまで21箇あった罐の数を10罐程度にまで減らすことができ、罐関係の総重量およそ1,000噸を550噸ちかくにまで軽減させることが可能でした。
この浮いた重量分を、航空関係の艤装にあてるというのが、『長門』型戰艦の航空戰艦化計画の要でした。
格納庫を新設し、新型水上爆撃機6機、水上観測機3機の計9機を搭載するというものです。

『長門』型の航空戰艦化計画の基本設計がまとまった昭和7年(1932年)、『長門』型の大改装実施に向けて、艦内の格納庫から上甲板に水上機を運搬する昇降機(エレヴェーター)の製造が、日立製作所に対して発注されました。
当時、空母用の大型昇降機のほとんどは日立製作所が手掛けていました。

発注されたのは、『長門』用の揚力4噸の戰艦用飛行機上下機A型2基で、昭和7年末までの納入厳守とされていました。

日立製作所は納期を順守し、横須賀工廠に納品しました。この昇降機はその後、『長門』型の航空戰艦化計画が中止されたあとも横須賀工廠で保管され、戦後しばらく、工廠内に置いてあったそうです。

『長門』型戰艦は攻防能力に特化した打撃戰艦として改装工事を施され、そのまま航空戰艦化の改装をすることもなく太平洋戦争に突入します。
『長門』型航空戰艦は、幻のまま露と消え、『長門』はマーシャル群島で、『陸奥』は広島湾の底でそれぞれ醒めることのない眠りにつくのでした。

『長門』型航空戰艦が現実のものとなった際に搭載される予定の水上爆撃機は、昭和11年(1936年)に三菱と中島の両メーカーに対し試作が命じられます。
十一試水上爆撃機として開発がすすめられたこの機体は、ほぼ同時期に愛知航空機が試作し、昭和14年(1939年)に海軍に採用された九九式艦上爆撃機と類似の性能を持つよう期待されていました。

水上機のため、空気抵抗が大きくなる浮舟を装備しているので速度は遅いものの、戰鬪行動半径は200~250海里(約370~463粁)を目標としていました。
戦前、水上機は偵察が任務という固定概念が世界の常識でした。そのため、水上爆撃機として敵艦隊に到達すれば、敵はまさか水上機が偵察以外の任務を帯びていようとは思いもよらないため、奇襲爆撃が可能だとみなされていました。
そういった奇をてらった計画のもと開発がすすめられたものの、『長門』型戰艦の航空戰艦計画中止ととともに、十一試水上爆撃機の開発もキャンセルとなってしまいました。

だけど、その水上爆撃機というジャンルは、のちに十四試水上爆撃機(瑞雲)、そして十七試攻撃機(晴嵐)へと進化を遂げていくこととなります。
130801
M6A愛知航空機 特殊攻撃機《晴嵐》
※米国スミソニアン博物館保存


◆日本海軍潜水艦の分類と呼称

伊號潜水艦の実装がはじまりますが、日本海軍の潜水艦は伊號第○△潜水艦という、イロハに数字を割り振っただけの名前で、海上自衛隊の潜水艦のような『なだしお』とか『そうりゅう』といった名称はありません。
一方で、海大型とか甲型、潜高型といった呼び方があるので、艦これをはじめて日本海軍に興味を持った人には、なかなかどうして、潜水艦の名前はわかりにくいんですネ。

なので、日本海軍潜水艦の分類や呼び方について、台風一過のさわやかな空気のようにサラっとシレっとご説明しませう。

まず、伊號の《伊》について。
これは潜水艦の排水量の大きさに依る艦型の分類です。

■伊號潜水艦
基準排水量1,000噸以上の潜水艦。大正時代末期までは一等潜水艦とも呼んでいました。

■呂號潜水艦
基準排水量500噸~1,000噸の潜水艦。次に紹介する波号潜水艦とともに、大正時代末期までは二等潜水艦と呼んでいました。

■波號潜水艦
基準排水量500噸未満の潜水艦。

※基準排水量:ワシントン条約で定められた表記で、水や食糧などは載せず、兵器と弾薬のみを載せた状態の重さを指す。
※満載排水量:基準排水量にさらに水や食糧などを載せ、任務使用可能状態にしたときの重さ。戰鬪排水量とも呼ばれることがある。
※水中排水量:潜水艦が完全に海中に没した際の重さ。潜航排水量と呼ぶこともある。


日本海軍の潜水艦の主力は、大戦全期間を通じて伊號潜水艦になりますが、これも種類があります。
ちなみに、この時代の潜水艦は各国ともに水上航行がメインで、潜航しての航行は戦闘時がほとんどでした。そのため、潜水できる水上艦という意味で《可潜艦》とも呼ばれていました。


※航続力はすべて水上を巡航速度で走った際の数値です。

▼海大型
海軍大型潜水艦の意。艦隊決戦に用いられるため、主力艦隊に随伴できる20節(時速約37粁)以上の水上航行能力と速力を有する。その反面、航続力はやや短い。

◎海大一型
伊號第四四潜水艦(のちに伊號第五一潜水艦と改名)として大正13年完成。実験艦的意味合いが大きく、海軍の要求を満たせないほか、不具合も多かった。昭和3年に練習潜水艦となり、昭和15年に除籍。同型艦なし。

◎海大二型
伊號第五二潜水艦(のちに伊號第一五二潜水艦と改名)。伊四四潜と同時期に建造され、独逸のUボートを参考にした艦首の設計など水上速力の強化を図っている。同型艦なし。

◎海大三型a
伊號第五三潜水艦(のちに伊號第一五三潜水艦と改名)。海大一型、二型はともに英吉利の潜水艦を参考にしているが、三型はUボートの設計をふんだんに取り入れて建造された。水上速力もようやく20節を達成できるなど、まずは十分な性能を要していた。同型艦は伊五三潜をふくむ4艦。

◎海大三型b
伊號第五六潜水艦(のちに伊號第一五六潜水艦と改名)。海大三型と同時期に建造がすすめられていた後述の巡潜型の設計を取り入れた。海大新三型とも呼ばれていた。同型艦は伊五六潜をふくむ5艦。

130801c
海大三型b 伊號第五六潜水艦(第一九潜水隊所属)

◎海大四型
伊號第六一潜水艦。海大三型bを基本に、機関を信頼性の高い独逸のMAN社製ラウシェンバッハ式に変更し、実用性が向上した潜水艦。同型艦は伊六一潜をふくむ3艦。

◎海大五型
伊號第六五潜水艦(のちに伊號第一六五潜水艦と改名)。ラウシェンバッハ式機関が南方では運用に適さないことから、瑞西のズルザー社製に改め、艦体各部にも改良を施した良質な潜水艦。同型艦は伊六五潜をふくむ3艦。

◎海大六型a
伊號第六八潜水艦(のちに伊號第一六八潜水艦と改名)。倫敦軍縮条約の潜水艦排水量制限により、基準排水量を1,400噸に抑えて設計建造された潜水艦。中部太平洋での対米主力艦隊決戦を想定して、能力の徹底向上が求められ、艦本式ディーゼルの採用で水上速力24節(時速約44.5粁)を達成し、巡航速力10節(時速約18.5粁)でじつに1萬4000海里(約2萬5900粁)もの長い航続力を得た。同型艦は伊六八潜をふくむ6艦。
艦これ実装の伊號第一六八潜水艦はここに含まれる。

◎海大六型b
伊號第七四潜水艦(のちに伊號第一七四潜水艦と改名)。海大六型aの改良発展型。燃料搭載量や潜航深度の向上が図られている。同型艦は伊七四潜と伊七五潜の2艦。

◎海大七型
伊號第一七六潜水艦。海大四型までの潜水艦の代替用として昭和14年より設計・建造が始まった新海大型潜水艦。海大六型の問題点であった潜航速度の遅さを改善し、いままで艦尾にも備えていた魚雷発射管を撤去して艦首発射管を増強するなど、各部に改良を施した。同型艦は伊一七六潜をふくむ10艦。


▼巡潜型
巡洋潜水艦の意。海大型と違って偵察・哨戒用に用いられるため、長大な航続力と、日本独自の潜水艦搭載小型水上偵察機による偵察能力を有する。潜水艦に搭載できる小型水上機は、日本海軍のみが実用させている。
排水量の面では、海大型よりも重く大きいという特徴がある。

◎巡潜一型
伊號第一潜水艦。欧州大戦(第一次世界大戦)で暗躍した独逸のUボートを参考に、偵察専用の大型潜水艦を……という目的で、独逸のU142潜水艦の設計図を購入し、独逸人技師やUボート乗員を招聘してまでして建造した。排水量は2,000噸ちかくあり、巡航速力10節で地球一周が可能な2萬4400海里(約4萬5180粁)もの航続力を発揮した。同型艦は伊一潜をふくむ4艦。

◎巡潜一型改
伊號第五潜水艦。水上機を搭載する日本初の潜水艦。九一式水上偵察機を1機搭載する。同型艦なし。
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E6Y 横須賀海軍工廠 九一式水上偵察機

◎巡潜二型
伊號第六潜水艦。巡潜一型の改良型。機関を国産の艦本式一號甲七型ディーゼルに取り換えて、水上速力21.3節(時速約39.5粁)を発揮した。同型艦なし。

◎巡潜三型
伊號第七潜水艦。偵察・哨戒用が目的の巡潜型で、異例の潜水戰隊旗艦用として設計された。それまでのUボートをベースとしたデザインから、日本独自の設計で建造された初の航洋型潜水艦。旗艦用ということで居住区画が広がり、さらに通信能力の向上も図られている。艦尾魚雷発射管を撤去して艦首に6門を集中配備したほか、洋上砲戦用として、強力な14糎聯裝砲を1基搭載した。同型艦は伊七潜と伊八潜の2艦。


以下の潜水艦は巡潜型となっているものの、ほぼ巡潜型と海大型の両方の特性をもつため、別扱いで説明します。

◆巡潜甲型
伊號第九潜水艦。軍縮条約時代が終わった昭和12年に設計が始まった、巡潜三型改良の新型潜水戰隊旗艦用潜水艦。条約の制限がないため、日本海軍の潜水艦建造技術がたっぷりと注ぎ込まれた潜水艦で、基準排水量およそ2,400噸、潜航排水量はじつに4,172噸に達した。
水上速力23.5節(時速約43.5粁)、巡航16節(時速約29.6粁)で1萬6000海里(約2萬9600粁)の航続力、水上偵察機1機、魚雷18本を搭載する、太平洋戦争開戦当時、事実上世界最大級で最高水準の潜水艦であった。同型艦は伊九潜をふくむ3艦。

◆巡潜甲型改一
伊號第一二潜水艦。巡潜甲型の戦時急造型。戦時下において、高速建造で実戦化できるよう機関を生産が容易なタイプにしたため速力は17.7節(時速約32.8粁)に低下したものの、航続力は16節で2萬2000海里(約4萬粁)と増加した。同型艦なし。

◆巡潜甲型改二
伊號第一三潜水艦。後述の潜特型の建造計画見直しのあおりを受け、建造中の巡潜甲型改の一部の艦を手直しして完成した、潜特型を補完する潜水空母的潜水艦。水上攻撃機《晴嵐》2機が搭載可能。同型艦は7隻を予定してたが、終戦までに伊一三潜、伊一四潜の2艦のみ完成し実戦配備された。

◆巡潜乙型
伊號第一五潜水艦。巡潜甲型と同時期に設計・建造が始まった潜水艦で、旗艦機能と偵察機を積んだ甲型に対し、乙型は旗艦設備を廃して偵察機運用能力をもつ。戦時中は日本海軍の潜水艦部隊の中核戦力として活躍したが、反面、消耗も激しく、終戦までに同型のほとんどが戰没し、伊三六潜のみが終戦を迎えている。同型艦は伊一五潜をふくむ20艦。

◆巡潜乙型改一
伊號第四〇潜水艦。巡潜乙型の戦時量産型。急速建造を可能にするため、機関をやや出力の低い艦本式一號甲一〇型に換装している。性能的には巡潜乙型と大差ない。同型艦は伊四〇潜をふくむ6艦。

◆巡潜乙型改二
伊號第五四潜水艦。巡潜乙型改一と同じ巡潜乙型の戦時量産型潜水艦。艦本式二二號一〇型機関搭載のため速力は遅いが、航続力は乙型、乙型改一よりも長い2萬1000海里(約3萬8900粁)に達した。

◆巡潜丙型
伊號第一六潜水艦。旗艦・偵察能力の甲型、偵察能力の乙型に対し、丙型は雷撃力重視の純粋な攻撃型潜水艦として建造された。建造期間短縮のため、巡潜三型の図面を流用して設計されている。魚雷発射管は艦首に8門を集中配備し、20本の魚雷を搭載している。海中での機動性や潜航速度、居住性や荒天時の凌波性に優れており、用兵側からの評価も高い。同型艦は伊一六潜をふく5艦。

◆巡潜丙型改
伊號第五二潜水艦。昭和18年から就役が始まった新型潜水艦だが、乙型改二から航空兵裝を外し、14糎砲を追加したような戦時急造型にちかい潜水艦である。同型艦は伊五二潜をふく3艦。
艦これ実装の伊號第五八潜水艦はここに含まれる。

◆潜特型
伊號第四〇〇潜水艦。山本GF長官が考案していたとされる米本土直接攻撃を実践する潜水空母として建造がはじまった潜水艦。日本海軍の潜水艦としては最も有名なタイプである。

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伊號第四〇〇潜水艦

水上攻撃機《晴嵐》を3機搭載し、魚雷発射管8門(搭載魚雷20本)、25粍機銃4基という重武裝を誇る。排水量は3,500噸、潜航排水量は6,500噸を超える、原子力潜水艦が登場するまでは世界最大の潜水艦として君臨した。この大きさに似合わず海中での機動性は良好で、潜航時間も1分ちかい速さを誇った。巡航速力14節(時速約25.9粁)で3萬7500海里(約6萬9400粁)の航続力をもち、ほぼ地球上のどの海域にも無補給で進出することが可能となっている。

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伊號第四〇一潜水艦

同型艦は最終的に5隻の建造が決定したものの、終戦までに3艦が就役したのみで、西太平洋のパラオ諸島に近いウルシー泊地の米艦隊攻撃に出撃したものの、攻撃直前に終戦を迎えた。

◆潜高大型
伊號第二〇一潜水艦。この時代の各国の潜水艦は海中での速力が10節(時速約18.5粁)程度が限界で、さらに長時間の潜航移動ができなかった。海中速力の不足は敵艦隊への潜航襲撃の成功率を著しく低下させるため、海中での高速発揮を可能とする潜水艦の建造を昭和18年から開始した。水の抵抗を減らす艦体形状の刷新と高出力の機関搭載により、水中速力19節(時速約35.2粁)を達成した。
昭和20年から順次完成したものの、実戦配備を前に終戦を迎えた。同型艦は8隻が建造されたが、終戦までに完成したのは3艦のみ。
ちなみに、潜高大型の《潜高》の読み方は《せんたか》
なお、潜高小型として波號第二〇一潜水艦も大戦末期に建造されている(同型艦22艦)。こちらも実戦参加することなく終戦を迎えている。

◆機雷潜型
伊號第一二一潜水艦。大正12年(1923年)に設計・建造された機雷敷設専用の潜水艦。独逸の機雷敷設潜水艦U125を参考にしている。搭載機雷は42箇。艦尾の機雷敷設孔から機雷を送り出すことができる。同型艦は伊一二一潜をふくむ4艦。
なお、今日、機雷の敷設は潜水艦が実施する任務のひとつとして行なわれている。

◆潜補型
伊號第三五一潜水艦。もともとは遠隔地に偵察で進出する飛行艇などへの補給用として設計されたが、建造中の昭和19年に、孤立した南方の島々への隠密補給用に用途変更された。燃料500噸の積載が可能で、潜航排水量は4,300噸にも達した。同型艦は伊三五一潜と伊三五二潜の2艦。

◆潜輸型
伊號第三六一潜水艦。丁型とも称される輸送潜水艦で、本来は海軍陸戦隊約110名と大發(大型発動機艇。日本製上陸用舟艇)2艇を積んで強襲上陸を行なうことを目的として設計された。昭和17年8月から始まったガダルカナル島の戦いで、輸送船被害が激増したため、隠密裏に物資や人員を輸送できる輸送潜水艦に設計変更された。
同型艦は伊三六一潜をふくむ12艦。
潜輸型には積載量を増やした改型の伊三七三型もあったが、伊三七三のみが完成し、ほかは完成前に終戦となった。
潜輸小型として波一〇一型潜水艦10艦(ほかに完成前終戦で2艦建造中)も小型の輸送潜水艦として就役している。

以上、日本海軍の潜水艦のおおまかな説明でした。



壁|'-')ノよいお年を。
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コメント

Re: NO TITLE

> さしもの横鎮鯖も高負荷に耐えられない夕下がり、如何お過ごしでしょうか?
ほかのゲームでまったり過ごしていました(・ω・)

> だって「首を逆さにした死体」なんて意味にもなっちゃうんですから…(キャー)。
Σ(゜Д゜;≡;゜д゜)

> 「某」架空戦記漫画の大著にも登場しますが、日本海軍の潜水艦にそんなのもあったの?何て言われそうな娘ですよね…。
輸送潜水艦なんてジャンル、まいのりてぃすぎますからね...
もっとスポットライトを……浴びにくいだろうなぁ...

NO TITLE

くろ提督、こんにちは!

さしもの横鎮鯖も高負荷に耐えられない夕下がり、如何お過ごしでしょうか?

先ほど頂いたコメについてお答えします。
ブログの表題の「真」は素で旧字体に変換してなかったみたいです。

でも、改めて字源を調べてみると新字体のままが良いかもしれません。
だって「首を逆さにした死体」なんて意味にもなっちゃうんですから…(キャー)。

さて、背筋少し(?)寒くなったところで本記事のコメをば。

日本海軍の潜水艦と云えばやはり「潜特型」が有名ですよね~。
「架空戦記」では度々登場しますし。

ちなみに、私のイチオシは「潜輸型」です!
「某」架空戦記漫画の大著にも登場しますが、日本海軍の潜水艦に
そんなのもあったの?何て言われそうな娘ですよね…。

運営鎮守府もいずれは敵前への上陸戦を検討している様ですし、
陸軍特殊船もwktkですが、海軍で小規模な上陸戦を行う場合には
是非とも実装してもらいたい娘です。

それでは(o・・o)/~

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