徒然なる戰藻錄

WoTとWoWSをプレイしているところなのです

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南よりも西寄りに

はおヾ('ヮ'*)ノ

新しい新艦娘の追加があるといふわけで、現在、今秋イヴェントで追加となった新規艦娘の育成がてら、西方海域にASW訓練を兼ねて出撃しておりマス。

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このポイントと、この次の北か南のポイントと、2連続での対潜水艦戰鬪。
対潜裝備で楽しく叩ける戦場ではあるのですが...

もちろん、そうそうラクに狩れる場所ではないですがネ。

敵潜の開幕雷撃をしのがねばならないですしね。
意外とこれで味方艦の1艦程度はあっさり中破ぐらいに撃破されますからね、油断ダメ絶対。

だけど、一番こまるのは、スタートからねこまっしぐらに南下した最東端のポイント。
ここには恐るべきフラッグシップ戰艦が―――

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これが一番困りマス。
まだほかの陣容のほうが小破になる手前で突破できますからネ。

我が艦隊は基本的に2ターン攻撃により敵潜完全制圧を狙って戰艦1艦、T次不利回避の彩雲効果と通常型潜水艦相手なら撃沈確実な小型空母1艦、敵水上艦に備えて戰艦の火力を支援する甲巡1艦、あとの3艦は対潜裝備満載の乙巡2、驅逐艦1といふ編成。

対水上艦で効果があるのは戰艦と甲巡だけなので、フラッグシップ戰艦が相手だとまず勝ち目はありません。

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このやうになにかしら味方艦が中破してしまふ……

小破程度に留めてくれるなら、次の對潜戰鬪にまで逝くことができるのに...

キラッ☆ミ としていても、乙巡や驅逐艦程度ならカルく中破っちゃいますからね、敵戰艦の大人げない砲撃にも困ったものです。

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まぁそれでも、攻撃こそ最大の防禦といふ我が帝國海軍伝統の見敵必戰の精神で単縦陣攻撃をしかけるので、被害は出ても敵を撃滅若しくはその過半の戦力を撃沈するを身上とする次第。

護りを固めても結局は中破撤退するのであれば、だったら最初から猛烈果敢なる攻撃精神を発露すべきですよね、常識的に考えて。

そんな感じで西方海域でのサヴ・ハントを継続した結果―――

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『阿賀野』、『能代』とあいついでLv35で改達成。

二二號電探と15糎聯裝砲をまたぞろ増産する結果となり、愛宕的に満足です。

15糎聯裝砲はたしかに火力的に15糎5副砲や20糎砲に劣るものの、命中補正があるのでないがしろにはできないものがありますね。

『阿賀野』の「きらり~ん☆ミ(・ω<)」と、『能代』の「あれ?('-'* ≡ *'-')あれ???」がさりげなく気に入ってしまっている愛宕でした、マルっと。



壁|'-')ノよいお年を。
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建造・修理絡みで四方山話

はおヾ('ヮ'*)ノ

今回も四方山話。
ふふ、このまま四方山話で1週間も2週間もやってしまったら、ただでさえ辺境の過疎ブログの頂点を極めたココも、しまいには人跡未踏の秘境的過疎ブログといふ未知の領域に足を踏み入れるやもしれませぬな。

人跡未踏の未知の領域……
心シビれるこの甘美な響き……(゜д゜)

さて、今回は海軍の造船・修理関係の艦艇のお話。

決してE2で『長波』さがしにいったら、うっかりキラッ☆ミ とするのを忘れてぼっこぼこにされて帰ってきて、修理船渠を即埋めしたからではないのであしからず...


◆工作艦『明石』
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排水量:10,500噸
全長:154.7米
全巾: 20.5米
主機:橫濱式ヂーゼル機関(出力5,000馬力)×2基
最高速力:19.2節(時速約35.6粁)
兵裝:
 八九式40口径12糎7二聯裝高角砲×2
 九六式25粍二聯裝機銃×2

工作艦……といふと、小中学校での図画工作のイメージが先行してしまっていたのですが、実際の工作艦とは、艦船修理施設の全くないor整っていない前線基地などで、損傷艦艇を後方の修理施設に送らずとも修理してしまう機能をもった、いわば移動式海軍工廠です。
地味な任務を帯びた艦ですが、その能力は戦略的にも戦術的にも非常に重要なものでした。

当初、日本海軍はその担当海域が本土近海に近かったこともあり、工作艦の需要はほとんどありませんでした。なにしろ、ちょっと動けば内地の横須賀や舞鶴、佐世保といった艦船修理施設にたどり着くのですから。
とはいえ、前線にちかいところで修理できるに越したことはないので、海軍は対露戦役後、鹵獲した露西亜(ロシア)船『マンチュリア』を簡易的な修理能力をもたせた工作船『関東丸』(のちに工作艦に変更、名前も『関東』と改名)として運用していました。
残念ながら、『関東』は大正13年(1924年)に福井県沖で座礁沈没してしまい、以後、日本海軍は長らく工作艦を運用することはありませんでした。

しかし―――
欧州大戦(第一次世界大戦)で戦勝国の立場になった日本は、広大な南洋諸島の信託統治を任されたほか、オホーツク海や千島列島での警戒警備、大陸での紛争で艦艇派遣が恒常化したことを受け、内地に戻すことなく現地にて修理できる工作艦の必要性が高まってきました。

そこで海軍は昭和6年(1931年)、練習特務艦の任にあった往年の主力戰艦であった『朝日』(排水量約11,000噸)に簡単な工作装備を施して、簡易工作艦として運用を始めました。
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対馬沖海戰にも参加した武勲艦が元となった工作艦 朝日

『朝日』は昭和12年の日華事変勃発とともに急遽、本格的な工作艦改造工事を施したのち上海へ前進、艦種も改めて工作艦に変更となり、現地で多くの艦艇の修理に従事しました。
とはいえ―――
もとが旧式の戰艦であったために新型の工作機械などの設置、工作艦としての艦内工場配置や動力源に問題があり、本格的な新型工作艦の必要性がいやが上にも求められるようになりました。

海軍は昭和12年、新型工作艦の建造に着手しました。
これが『明石』で、本艦は昭和14年に佐世保工廠で完成し、ただちに聯合艦隊所属となりました。

太平洋戦争の開戦と同時に、『明石』は西太平洋のパラオを皮切りに南西方面を転戦して修理任務に従事し、昭和17年夏からはトラック根拠地を拠点に修理業務にあたりました。

さて、『明石』は艦内のすべてを修理用工場として用いるため、水平の床が必須でした。そのため、艦体にシア―――全長方向に見られる緩やかなカーブ―――がなく、乾舷(海面から上甲板までの高さ)の高い独特の姿をしていました。
艦上には2本の煙突がそびえていますが、このうち艦尾側が主機関用の煙突で、中央部に位置する煙突は艦内工場の排煙用です。

艦内には艦船修理に必要なあらゆる工作機械、設備が配置され、大量の修理用資材を積み込んでいました。
艦内の配置は4層の甲板で構成され、最下層以外の各層には以下の施設がぎっしりと詰め込まれて配置されていました。
主機を最下層艦尾配置としたため、艦内容積のおよそ7割を以下の各種工場設備に用いることができました。

主機関などの修理補修を行なう機械工場2箇所
各種装備品を組み立てる工場2箇所
焼き入れ工場 / 鋳造工場 / 鍛造工場
鍛冶工場 / 溶接工場 / 木工場
兵器修理工場 / 電気工場


この機械設備の中には獨逸から輸入した新型工作機械も含めれていると言われています。
最下層の船底部分は各種倉庫になっていて、以下の資材倉庫が隙間なく設けられていました。

各種異型鋼材、鋼鈑、装甲鋼鈑などを収めた鋼材倉庫
木材倉庫
溶接機材、塗装材料、用具工具類などを収めた工作材料倉庫


上甲板は作業場として使われたほか、作業艇や内火艇など8艇が搭載され、クレーンも23噸用1基、10噸用と5噸用が各2基、設けられていました。

乗員は艦の運行要員が336名。工場の作業要員は433名に達し、その全員が海軍工廠で勤務していた軍属や徴用された民間の工員で、日本海軍でも屈指の技能を誇る熟練の工員たちばかりでした。


◆特設工作艦

さて、いくら『明石』が日本海軍屈指の修理能力を誇るとは言っても、1艦だけでは修理可能艦数に限りがあります。
とくに太平洋戦争が勃発すると、北は千島列島から南はソロモン群島、西は遠く印度洋と戦線は急激に拡大し、それに比例して損傷艦艇の数も激増していきました。

こうなると『明石』やセレター軍港のような占領地の大規模修理施設だけでは、実施部隊の損傷艦修理をさばききれないとして、海軍は工作艦の追加を決定します。

ただし、新規建造ではあまりに時間がかかります。
海軍が採った方針は、民間船舶を徴用し、これを特設の工作艦として運用するといふものでした。

ちなみに、戦時に際して民間船舶を海軍が徴用して艦艇として運用する場合、《特設》の表記がなされます。

太平洋戦争中、日本海軍は合計して424隻の民間船舶を徴用しました。このうち、工作艦として割り当てられたのは6隻です。
なお、この6隻はすべて戦没しました。

民間船舶を用いる際に有用なのは、貨物輸送が主なために船内容積が大きく、大規模な修理・工作設備を設けることが可能でした。

太平洋戦争開戦からまもなく、海軍は『松榮丸』、『山彦丸』の2隻を徴用して特設工作艦に改造しました。

修理能力は『明石』にくらべてかなり劣りましたが、機械設備類は新型・優秀なものが準備され、前線での修理に用いるにはまずは十分な能力を保持していました。

この2隻の運用実績を評価し、つづけて『八海丸』、『山霜丸』、『慶昭丸』を徴用、拿捕船である『白沙』とあわせて4隻を特設工作艦に改造しました。

特設工作艦は低い修理能力ながらも、損傷艦への応急修理を担当することで、多くの損傷艦艇を沈没の危機から救いました。
『山彦丸』や『八海丸』は激戦の南東方面ラバウル根拠地に前進配備され、同地で多くの損傷艦船の応急修理を担当しました。
これら特設工作艦によって応急修理を施されたあと、戰鬪任務が困難な艦船はより充実した修理能力を持つトラック根拠地の『明石』のもとに送られ、そこでも本格修理が困難であれば、内地帰還という措置が取られていました。


前線にでることはありませんでしたが、内地では艦船修理に起重機船といふものも用いていました。
クレーンを備えた船ですね。
こういった起重機船は内地の海軍工廠、海軍に関係のある造船所に配置され、建造や修理の際に、陸上設置のクレーンではできない作業を、海上を移動して代行していました。

日本海軍は350噸型を筆頭に、300噸型、150噸型、30噸型など17隻もの起重機船を保有し、4大鎮守府に配置していました。

このなかでも350噸型起重機船は当時、世界最大級の起重機船で、昭和16年7月に東京の石川島造船所で完成し、その後、すぐに九州の長崎造船所に回航されました。
この起重機船のクレーンは中折れ式の塔型旋回俯仰式で、アームの有効作業長は27.5米で、この巨大なクレーンを動かすのに675馬力のヂーゼル機関が用意されていました。

この起重機船の建造目的は、長崎造船所で建造中であった戰艦『武蔵』の46糎主砲塔、46糎主砲身、15糎5副砲の搭載作業です。
とくに主砲塔や主砲身は呉でしか製造されておらず、呉で建造中の『大和』ではどうにかなる砲塔や砲身の搭載も、長崎の『武蔵』、横須賀の『信濃』では専属の艦船を造らねば対処できなかったのです。

事実、主砲塔の運搬のためだけに、1萬噸級の運送艦『樫野』が建造されています。

起重機船は無事に長崎造船所にたどり着くや、進水を終えて艤装岸壁に横付けされた『武蔵』に台船を接舷させ、台船にさらに『樫野』を横付けさせて、『樫野』が運んできた46糎主砲塔や砲身の搭載取り付け作業の大役を果たしました。

この起重機船は戦後、九州北岸から関門海峡周辺海域に戦没した多数の船舶の引き揚げ作業に活躍し、その後は大型商船の建造にも一役買ったあと、昭和52年、その36年の歴史に終止符を打ちました。

ちなみに―――

戰艦『武蔵』に主砲を載せる役目を果たした起重機船。現在、日本で三番目の大型起重機船である3,700噸級起重機船に『武蔵』といふものがあります。

深田サルベージ建設株式会社所有



壁|'-')ノよいお年を。
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米戰艦を撃て

はおヾ('ヮ'*)ノ

71年前、ソロモン諸島ガダルカナル島の沖合で、日米両軍による大規模夜戦が行なわれました。
世にいふ第三次ソロモン海戰。

本海戰の最終戰鬪である第二次夜戦は11月15日夜より翌未明にかけて戦われ、聯合艦隊は第三戰隊の『霧島』を喪います。
一方の米側は新鋭戰艦USS『サウス・ダコタ』BB-57が撃破されています。

米軍はUSS『ワシントン』BB-56も参加させていますが、こちらは日本艦隊の注意が『サウス・ダコタ』に集中していたおかげで、さしたる被害を受けることはありませんでした。

さて―――

日米戰艦同士の本格戰鬪となった第三次ソロモン海戰第二次夜戦ですが、本海戰の注目すべき点は両軍戰艦同士の殴り合いですね。

◆戰艦『霧島』
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大正4年(1915年)4月19日就役
備砲:
 四一式45口径14吋(35.6糎)聯裝砲4基8門
 四一式50口径6吋(15.2糎)単裝砲14門

◆戰艦『ワシントン』
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1941年5月15日就役
備砲:
 Mk.Ⅵ45口径16吋(40.6糎)3聯裝砲3基9門
 Mk.Ⅻ38口径5吋(12.7糎)聯裝両用砲10基20門

◆戰艦『サウス・ダコタ』
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1942年3月20日就役
備砲:
 Mk.Ⅵ45口径16吋(40.6糎)3聯裝砲3基9門
 Mk.Ⅻ38口径5吋(12.7糎)聯裝両用砲8基16門


就役年の違いから分かる通り、彼我戰艦の攻防性能には隔世の感がありました。
かたやプレ・ジュトランド級の巡洋戰艦として生を受けた高速戰艦。
かたや無条約時代に建造された16吋砲搭載艦。

正面から撃ちあえば日本側の不利は必至でした。

それでも―――
得意の夜戦で、水雷戦隊と共同で戦えば、敵新鋭戰艦を仕留めるといふ僥倖も夢ではありませんでした。

ところで―――
戰艦の装甲防禦は、巡洋戰艦をのぞけば、自艦の搭載主砲の零距離射撃の直撃に耐えうることが基本とされていました。
『霧島』は当然のごとく対14吋装甲防禦。『サウス・ダコタ』も対16吋装甲防禦です。
ただ、『ワシントン』だけは16吋砲裝備でありながら、その防禦は対14吋でした。これは、もともと『ワシントン』をふくむ『ノース・カロライナ』級戰艦は14吋砲搭載戰艦として設計されたためで、その途上で主砲を16吋に改めましたが、艦のサイズに大幅な修正が必要な装甲面はそのままにされたわけです。


さて―――
本海戰において、本来であれば電探射撃による優位も加味すれば、事実上、『霧島』を圧倒できたはずの米艦隊は、技術的トラブルによって『サウス・ダコタ』が砲戦実施困難となり、日本側の集中射撃によって撃破されてしまいます。

『サウス・ダコタ』は海戰開始まもなく電気系統にトラブルが発生、主要動力回路が停止し、主砲射撃用方位盤照準装置が使用不能となり、主砲の射撃が不可能となってしまいました。
まもなくしてどうにか動力は恢復しましたが、両用砲の一部は使用できず、第二主砲は結局、最後まで機能は回復せず使用不可能のままでした。

さらに同艦は對水上監視用電探であるマイクロ波監視用電探SG(シュガー・ジョージ)が故障して友軍艦隊を見失い、単独で日本艦隊に接近してしまいます。
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水上監視用電探SG 対艦船探知距離27粁

『サウス・ダコタ』は日本艦隊に距離5,000米という至近距離にまで接近したところを、日本艦隊の照射する探照燈によって闇夜に姿を浮かばせることとなりました。

2342時から0005時までのわずかな時間のあいだに、『サウス・ダコタ』は『霧島』、『愛宕』、『高雄』の発射した14吋、8吋、6吋、5吋といった各種砲弾27發が命中し撃破されました。

『サウス・ダコタ』被弾箇所
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被弾したのは14吋砲弾1發、8吋砲弾18發、6吋砲弾6發、5吋砲弾2發。
上の図を見ても分かる通り、被弾箇所の大半は檣塔など艦橋構造物に集中しており、装甲の薄い艦橋上部構造、レーダー・マスト、両用砲射撃指揮装置が甚大な被害を受けました。
一方で、重装甲(406粍)の司令塔はこれら砲撃に耐えて無事で、『サウス・ダコタ』の指揮命令系統は健在でした。

『サウス・ダコタ』は米戰艦として初めてインターナル・アーマーを採用しており、その垂直防禦装甲の防禦厚は310粍に達しています。水平防禦も中甲板の主防禦厚が146粍に達し、垂直防禦装甲と接合されていました。
防禦性能は『ノース・カロライナ』級の『ワシントン』をはるかに上回る堅牢なもので、その耐弾防禦力はのちの『アイオワ』級よりも頑丈だと評価されています。

それでも、日本側の激しい砲撃の前に防禦区画の一部が破損して浸水被害が生じています。

主砲も大きな被害を受けました。
後部第3主砲はその至近の上甲板に14吋砲弾が命中して破孔を生じ、射撃不能となって使用できなくなりました。幸い、側面防禦438粍、前後面防禦295粍のバーベットで鎧われた主砲塔揚弾藥機に被害はありませんでしたが、もしここが貫通・撃破されていたら、弾火薬庫にまで被害が及び、轟爆沈の可能性がありました。


攻防性能で勝っていても、艦を動かす動力系統などに損害が生じれば戦闘能力に支障がでて戦闘が困難となる……
戦闘におけるこういった複雑な事情が反映できないゲームならいざしらず、実際の戰鬪では艦の性能よりもこういった事象によって引き起こされる被害の方が大きいわけで、そのあたり、実際の戰鬪はゲームと違って予測しづらいものがありますね。

だからこそ―――

あの戰艦は強い、この驅逐艦は弱い……といった性能だけで優劣を決めつけることはできないわけです。

戰艦喪失といふ結果になりましたが、第三次ソロモン海戰第二次夜戦はそのことを教えてくれました。



壁|'-')ノよいお年を。
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新艦娘はナニがくるのかな

はおヾ('ヮ'*)ノ

先行配信で新艦娘が追加ですか……

はたしてナニがくることやら……

『武蔵』よりかなり小さめといふことですので、可能性は低いですが乙巡、もしくは驅逐艦、潜水艦、水上機母艦、はたまた待望の海防艦といふ線も―――

想定されるものとしていくつか候補を挙げます。
これでアタリがでたら……
DMMポイントを5k購入するんだ……(゜д゜)

◆二等巡洋艦
『阿賀野』型巡洋艦
『矢矧』 可能性★☆☆☆☆
『酒匂』 可能性★☆☆☆☆

『香取』型巡洋艦 ※練習巡洋艦
『香取』 可能性★☆☆☆☆
『鹿島』 可能性★☆☆☆☆
『香椎』 可能性★☆☆☆☆
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◆驅逐艦
『神風』型驅逐艦
『夕凪』 可能性★★★☆☆
第一次ソロモン海戰参加驅逐艦。

『白露』型驅逐艦
『海風』 可能性★☆☆☆☆
『江風』 可能性★☆☆☆☆
第二次ソロモン海戰にて陸軍輸送の船団を『神通』、『涼風』とともに護衛。
『春雨』 可能性★☆☆☆☆
第三次ソロモン海戰に参加。

『吹雪』型驅逐艦
『朝霧』 可能性★☆☆☆☆
『夕霧』 可能性★☆☆☆☆
『天霧』 可能性★★☆☆☆
ガダルカナル戦における驅逐艦による鼠輸送第一陣。

『朝潮』型驅逐艦
『朝雲』 可能性★★★☆☆
第二次、第三次ソロモン海戰参加。昭和19年10月25日、西村艦隊所属としてスリガオ海峡にて戰没。

『陽炎』型驅逐艦
『天津風』 可能性★★★☆☆
第二次、第三次ソロモン海戰、南太平洋海戰に参加。主機に『島風』搭載予定の高温高圧缶を内蔵。ある意味『島風』の機関的姉妹艦。
『磯風』 可能性★★★☆☆
『濱風』 可能性★★★☆☆
昭和19年10月24日、沈没間近の『武蔵』救援に参加(『磯風』はその後も作戰続行)。同年11月21日、沈没した『金剛』乗員を救助。同月29日、沈没した『信濃』乗員救助。昭和20年4月7日、『大和』らとともに沖縄水上特攻に参加し戰没。『大和』型3艦の最後の場に臨んだ驅逐艦。

『夕雲』型驅逐艦
『高波』 可能性★★★☆☆
ルンガ沖夜戦で米巡洋艦群の注意を引きつけ、味方の雷撃を成功させるも戰没。
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◆水上機母艦
『日進』 可能性★☆☆☆☆
ガダルカナル戦で『千歳』、『千代田』による甲標的作戰を実施。本艦は参加していないが、輸送作戦には従事。


◆海防艦
『占守』型海防艦
『占守』 可能性★★★☆☆
『國後』 可能性★☆☆☆☆
『八丈』 可能性★★☆☆☆
『石垣』 可能性★★☆☆☆


◆潜水艦
『伊號第一七六』型潜水艦
『伊一七六潜』 可能性★☆☆☆☆
ガダルカナル戦中に米甲巡『チェスター』を雷撃撃破。
『伊號第一六』型潜水艦
『伊一六潜』 可能性★☆☆☆☆
『伊二〇潜』 可能性★☆☆☆☆
『伊二四潜』 可能性★☆☆☆☆
『伊號第一五』型潜水艦
『伊三一潜』 可能性★☆☆☆☆
ガダルカナル戦で甲標的母艦として運用。


まぁ、ナニがこようとも、手に入れるためには最深部での一大消耗戦を展開しないといけないので、最大の関心は資材の在庫備蓄量ですネ(・ω・)



壁|'-')ノよいお年を。
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いく、イクのぉ~

はおヾ('ヮ'*)ノ

はひ、薄い本的なイカガワシイことを連想した艦これ職人はおとなしく憲兵隊本部に出頭してくださひ。


ちょっと逝ってくるデス(´・ω・`)

『長波』探しと並行して、潜水艦シスターズによる2-3資材恢復戦を実施中なのです。

『武蔵』奪還のためのさきの戰鬪で多くの資材を浪費し、現在進行形で『武蔵』育成で消耗戦を展開しているので、資材恢復は急務なのです。

潜水艦娘は以前の倍の4艦に増えたこともあって、敵の対潜艦に対する先制雷撃による撃滅も順調で、いままでの2艦態勢にくらべて撃破されることは少なくなりました、はひ。

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我が艦隊の潜水艦は以外にも育っておらず、トップは『伊一六八潜』の89、『伊五八潜』はようやく80台にのりあげたばかり。
なので現在は『伊八潜』、『伊一九潜』を交互に旗艦に据えて、2-3まわしで資材集めとともにじっくりと育成しているといふ次第。

『伊一九潜』の声とセリフにもふもふしつつありますが、愛宕GF長官は決してイクちゃんにケシカランおさわりとかしてませんのでご安心をば。

ナニをしても怒らないから好きなのね☆ミ とか言われてひゃっっふーとかしていませんよ、ええ、してませんとも……

てかイクちゃんにナニされているんですかね、妄想妄想大妄想がはかどっちゃいますネ(゜∀゜)


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東部オリョール海での潜水艦娘作戰を実施していると、空母撃滅・輸送船撃滅といったクエがさくさく終わるのもよい感じで御座いマス。

意外とBossにも流されるので、デイリーの南西諸島Boss5回撃破も気づけば終わっているといふ次第。

東部オリョール海では、西のスタート地点から北へ逝こうが東へ逝こうが、最初にぶつかるのは巡洋艦部隊。
甲巡が含まれていれば御の字ですが、雷巡や乙巡、驅逐艦のみの場合は、先制雷撃でいかに数を減らすかがポイントですよね。

我が潜水艦部隊の裝備は回避重視の罐裝備なので、出撃前に近代化Maxにして臨んでいます。
魚雷を積まずとも、巡洋艦や小型空母、輸送艦ならまずこれで撃沈はほぼ可能です。

回避裝備を下ろして雷撃戦裝備にしてもいいですが、旗艦のエリート艦を狙っていくわけではないので、我が艦隊は罐のみにしています。第一、資材の恢復とクエ対象の空母と輸送艦船をひっぱたくのに、そこまでの魚雷裝備を必要とはしていませぬ。

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先制雷撃で敵の対潜艦を撃滅若しくはその過半を撃沈できれば、被害を受けずに……もしくは1~2艦が1程度喰らうだけで突破できます。

艦隊陣形については、梯形陣や単横陣がいいのかな? と最初に思って選んでいたのですが、たまたま運が悪かったのかどうかはわかりませぬが、意外とぼこすか敵の対潜弾が当たって被害が蓄積していくので、途中から単縦陣のみにしています。

単縦陣にしてからは、だいたい15~20回に1回程度、中破級のビッグなダミッジを喰らいますが、ほとんどはミスか1程度ですネ。

潜水艦隊の運用に適した陣形がどれになるのか、調べてみるのもいいかもですね。イヴェントが終わってからですが...

131113d

夜戦に挑むと別途、燃弾の消費がかさみますが、昼戦で運悪く被害が蓄積した場合など、敗北回避のために夜戦突入はちょくちょくやっていまふ。

まぁ、中破以上の損傷艦がいて、敵の対潜艦が健在の場合は挑みませんが……

空母や輸送艦船を確実に沈めたいのなら、やはり夜戦に突入して撃沈戦果を稼ぎたいですもんね。

131113f

AからBを経由してEに至る航路を進んだ場合、Eから南へ向かうことはまずないので、実質、戰鬪回数は2回なので、敵を撃滅してSランクに持ち込みたいので夜戦には毎回突入しています。

中央から東へ進んだ場合、Dを経てEに至る航路と、さらに南下してHに向かうことがあるので、この場合は夜戦せずに先へ進んでいます。

Hに向かえば、H、Kと空母や輸送艦船ばかりで対潜艦が0もしくは1艦程度なので、夜戦必須で敵殲滅をはかっています。

KにいかずにIに逝くこともまれによくありますが……

北航路を選べば燃料入手が2回。
中央航路をEへ向かえば、燃料と弾薬を各1回入手できます。

南航路も燃料と弾薬を各1回入手できますが、途中で北上してEに向かうのであれば、弾薬の代わりに燃料が入手できます。

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2回の戰鬪でこれしか消費しないので、とくに燃料はかなり稼ぐことができますね。

艦娘たちを動かすのに燃料は必須ですからね、これはよい油井マップと言えますね。



壁|'-')ノよいお年を。
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海防艦

はおヾ('ヮ'*)ノ

今回の四方山話は、運営のインタビューでもちらほらと見かける《海防艦》についてです。

◆海防艦とは
海防艦は大戦末期の活躍ぶりから、驅逐艦よりも小さな水上艦で、小さな護衛艦というイメージが定着していると思われます。
しかし、本来、海防艦はまったく別の意味、護衛艦とは違うかたちで用いられてきました。

日本海軍に海防艦が登場したのは明治31年(1898年)のことで、この年、日本海軍は一等から三等までの海防艦という艦種を設けました。
なお、三等海防艦は大正元年(1912年)に廃止となり、一等及び二等という分類は昭和6年(1931年)に廃止され、海防艦という単一艦種となります。

海防艦とは、その名の示す通り、我が国の沿岸防備を主目的としています。
とはいえ、戦前、帝國時代の日本は稀に見る貧しい国家で、海軍は実施部隊(前線配備の一線級艦で構成する部隊)とは別に沿岸防備の艦艇を別途、新規建造して配備する余裕はどこにもありませんでした。

そこで日本海軍が編み出した方策が―――

旧式化した往年の主力艦などの大型艦を、新兵の訓練を兼ねた沿岸防備用に転用、すなわち海防艦籍への編入でした。

もともとは主力艦であったことから、海兵団での新兵訓練や遠洋航海での実務訓練にはうってつけであり、さらに排水量がのきなみ5,000噸を上回るような巨艦でもあったことから、沿岸住民にとってはまことに頼りになる存在でした。
実際は旧式艦なので戦闘能力は推して知るべしですが……

このため、太平洋戦争開戦直前まで、日本国民のみならず、海軍の下は水兵から上は高級将校に至るまで、海防艦=往年の主力大型艦というイメージが定着していきました。

1930年代にはいるころから、世界恐慌のあおりを独自の国家再建計画で凌ぎ切った北の大国・蘇維埃(ソヴィエト)聯邦とのあいだで、オホーツク海や千島列島周辺での漁業問題にからむ事件が続発するようになりました。
沿岸警備隊による日本漁船銃撃、もしくは漁船の拿捕―――
この事態に、日本海軍は驅逐艦の配備によって対応しようとしました。

ですが、そもそも日本海軍の艦隊型驅逐艦といふのは、中部太平洋に於いて米主力戰艦のドテっ腹に魚雷をブチこむことを目的として計画・建造され、それを達成するために訓練され、整備されてきました。
それを、勝手の違う北方域に送り出し、毛色の違う沿岸防備に駆り出したところで、満足のいく結果が出るわけがありません。
運用コストの面でも、艦隊型驅逐艦の領海警備は割に合うものではありませんでした。

そこで―――

北方域における沿岸防備、領海警備、漁船漁民と漁場の保護を主目的とした小型で軽快、コストに優れた水上艦を造ろうという計画が持ち上がりました。

とはいえ、貧しい日本がいきなり新型海防艦を造ろうとしてもムリな話...

海防艦の新規建造については、倫敦(ロンドン)軍縮条約直後に持ち上がっていましたが、対米英主力艦比率を少しでも埋めようとやっきになっている最中であり、当然のごとく、建造計画は却下されています。

それでも―――

昭和12年(1937年)になってようやく予算が認められ、『占守』型4艦の建造が始められました。


◆『占守』型海防艦
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北方警備用として建造された新海防艦。
同型艦は『國後』、『石垣』、『八丈』。

本型は排水量860噸と二等驅逐艦ばりに小さいものの、艦首に菊の御紋章を戴くレッキとした《軍艦》として完成しています。
広義的には、軍艦とは武裝と他国の艦船や領土を攻撃することを国家によって認められた戰鬪艦のことを意味しますが、日本海軍では、国防の要となる主力艦という意味を持っています。
ちなみに、日本海軍で軍艦籍にはいっているのは以下の艦種です。

戰艦/練習戰艦
航空母艦
一等・二等巡洋艦/練習巡洋艦
水上機母艦
潜水母艦
敷設艦
海防艦
砲艦

軍艦籍にはいった艦は、艦首に菊の御紋章をいただき、日本帝國の象徴として、日本政府の顔として諸外国と交流することとなります。

上の方でも書きましたが、当時の日本国民、海軍関係者の多くは、海防艦=大型主力艦といふイメージを持っていました。
そのため、『占守』型海防艦の建造報告がなされた際、ある海軍高官は、「海防艦が860噸? ああ、これは0を1つ書き忘れたんだな」と従来の海防艦のイメージに沿って確認もせずに訂正してしまい、8,600噸として公表され、艦政本部があわてて860噸で間違いないと再訂正する騒ぎになりました。

建造は三菱重工が行ないましたが、設計までも三菱に任せるという体たらくぶりで、この時期、日本海軍の艦艇設計・建造の総本山たる艦政本部は、艦船設計の技術者集団と化しており、管理業務などがおざなりになっていました。
三菱はこの新型海防艦が戦時急造を見越した量産型海防艦だとは知らず、量産性よりも個艦ごとの能力に秀でたかたちで設計します。

『占守』型の特筆すべきものとして、極寒の北方域で活動することを念頭に置いているため、艦内の暖房設備は充実しておい、冬季航行中は艦外に出ることなく艦内各部を移動することができるつくりにもなっていました。
さらにさらに―――
小型艦ながらも入浴設備が艦内に設けられており、乗員は北方域の厳しい寒さのなかでの勤務をこれでこなすことができました。


◆『擇捉』型海防艦
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『占守』型海防艦は量産性を考慮しない設計でした。海軍はそんなことなど一顧だにせず、日米開戦間近といふ昭和16年夏、三菱に『占守』型30艦の量産を発注してきました。
三菱は突然の増産に困惑するも、北方用の裝備を外し、10万もの建造工程があった『占守』型を設計し直して工期短縮をはかり、戦時量産型海防艦として『擇捉』型を登場させました。
工期短縮の結果、『擇捉』型の建造工程は7万ちかくにまで減らすことができ、1番艦『擇捉』は昭和17年2月に建造を開始し、15箇月後の昭和18年5月に完成しました。

蘇維埃との漁業問題も、当の蘇維埃は昭和16年6月から獨逸と戦争状態に入っており、獨逸の同盟国である日本をへたに刺激して極東地域に攻め込まれることを恐れ、日本側への態度を軟化させていきました。
このため、太平洋戦争がはじまると、海防艦はその軽快性と対潜・対空能力が在来驅逐艦よりも優れていることから、北方域の『占守』型海防艦は順次、南方へと引き抜かれていきました。

同時に、護衛戦力として大量生産する必要が生じたこともあり、昭和17年7月に海防艦は軍艦籍からはずされ、《その他の艦艇》に組み込まれました。
これは驅逐艦や潜水艦、驅潜艇、掃海艇などが含まれている区分で、『擇捉』型以降の海防艦は艦首に菊の御紋章を付けることはなくなりました。

同型艦は『松輪』、『佐渡』、『隠岐』、『六連』、『壱岐』、『對馬』、『若宮』、『平戸』、『福江』、『天草』、『満珠』、『干珠』、『笠戸』。


◆『御蔵』型海防艦
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同型艦は『三宅』、『淡路』、『能美』、『倉橋』、『屋代』、『千振』、『草垣』。

太平洋戦争における船団護衛兵力の不足に悩んだ海軍は、海防艦の急速建造を進めました。
とはいえ、『擇捉』型は建造に1年ちかくかかっており、急速生産からはほど遠いものがありました。
設計をさらに簡略化させ、工程を5~7万にまで減らして建造期間を9箇月にまで短縮させた『御蔵』型を登場させました。
とはいえ、これでもまだ戦時急造海防艦としては建造期間が長すぎました。

『御蔵』型は対空・対潜兵装をさらに強化しており、搭載砲をそれまでの対艦・対地向けの艦砲から対空射撃が可能な高角砲に換装しています。
対潜兵裝についても、爆雷搭載数は『擇捉』型が36個だったのに対し、120個と激増しています。


◆『日振』型/『鵜來』型海防艦
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同型艦:『日振』型『大東』、『昭南』、『久米』、『生名』、『崎戸』、『目斗』、『四阪』、『波太』、『大津』、『友知』。
『鵜來』型『沖縄』、『奄美』、『粟国』、『新南』、『屋久』、『竹生』、『神津』、『保高』、『伊唐』、『生野』、『稲木』、『羽節』、『男鹿』、『金輪』、『宇久』、『高根』、『久賀』、『志賀』、『伊王』、『蔚美』、『室津』。

『御蔵』型をさらに簡略設計にしたのが『日振』型です。なお、海軍の公式記録には『鵜來』型になっています。工程がさらに簡素化したため、建造期間は半年を切るまでにいたり、量産性は大きく改善されました。
昭和18年にはいったころ、米潜水艦は欠陥魚雷を改善し、日本商船や護衛艦艇に対しても積極的な攻撃を仕掛けてくるようになりました。そのため、対空兵装や対潜裝備の爆雷の増強だけでなく、対潜探知能力の強化がはかられるようになりました。
『日振』型には電波に代わって音をだし、その反響音を捉えて敵潜の位置を探る九三式探信儀、敵潜のスクリュー音などの活動音を聞いて敵潜の存在を知る九三式聴音機といった対潜探知裝備が施されています。

『鵜來』型はブロック工法や電気溶接を取り入れて量産性を増したタイプで、曲線部分を徹底的に減らし、直線と平面で構成して建造工程を大幅に減らす措置が取られています。
艦首は円錐形、シアやフレアも直線、艦底からのラインも直線にするなど徹底したもので、これにより工程数は3萬にまで減り、起工から完成まで4箇月たらずという高速建造が可能となりました。

『鵜來』型は機雷掃海用の掃海具を撤去していますが、初期生産型には『御蔵』型と同じ掃海具が装備され、九四式爆雷投射機が装備されていました。
大半の『鵜來』型は掃海具を装備せず、爆雷投射機もK砲と呼ばれる三式投射機を装備しています。
ちなみに、『鵜來』型の三式爆雷投射機の裝備数は片舷8基の両舷あわせて16基という重装備で、艦尾から爆雷を落とせる軌条が2つあるので、『鵜來』型は一度に25発の爆雷を敵潜に投げつけることができました。
しかも爆雷は艦内の爆雷庫から電動の揚爆雷筒を経由して後部甲板の装填台に載せることができ、そこから各発射機などにセットすることができるというシステマチックな機能も有していました。

海防艦の艦名は島の名前から取られていますが、『日振』型の『昭南』は新嘉坡(シンガポール)の占領後の名前、『目斗』は台湾の澎湖諸島の1島、『波太』は現在は仁右衛門島と呼ばれている島です。

『鵜來』型の一部は戦後、海上保安庁などで巡視船として用いられました。
『鵜來』:海上保安庁巡視船『さつま』
『新南』:海上保安庁巡視船『つがる』
『竹生』:海上保安庁巡視船『あつみ』
『志賀』:海上保安庁巡視船『こじま』

このうち、『こじま』は退役後、千葉市海洋公民館として『鵜來』型海防艦の外観を現在に残していましたが、予算上の問題などから平成10年(1998年)、保存運動を無視して解体処分という暴挙によって喪われてしまいました。

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平成9年撮影の海防艦 志賀(海上保安庁巡視船こじま)


◆丙(『第一號』)型/丁(『第二號』)型海防艦
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『鵜來』型よりもさらに徹底した工期の短縮、工程の簡素化を図ったのがこの丙型、丁型の海防艦です。
排水量は700噸ちょっと、全長も70米を切る短さとなっており、大戦末期の日本海軍の主力はこういった小型艦になっていました。

両型の設計は昭和18年春ごろに始められ、わずか1箇月たらずで設計案が完成しています。設計案のまとまるのがはやいだけでなく、艦そのものの建造も早いの一言に尽きます。
丁型海防艦のある艦は、起工から竣工までにたった75日間しかかからなかったと記録されています。

米国のような隔月で大型空母、小型護衛空母を毎週建造していながら、それが粗製乱造に繋がらない工業大国と違い、基礎的工業力が米英にはるかに及ばない当時の日本では、急速建造のしわ寄せがほかの分野に重くのしかかっていました。
その最たるが居住性ですが、日本海軍の艦艇の居住性のヒドさはいまにはじまったことではないのでここでは省きます。

丙型、丁型にはそれぞれヂーゼルの二二號機関の搭載が予定されていましたが、艦の急速建造に機関の増産が追い付かず、丙型には同じヂーゼルの二三號機関が搭載されました。ただし、この機関はより小型の艦艇にもともと搭載されていたものなので、出力不足から丙型の航行速力は低下しました。

『鵜來』型:19.5節(時速約36.1粁)
丙型:16.5節(時速約30.6粁)
丁型:17.5節(時速約32.4粁)

丁型には民間戦時標準船と同じ蒸気タービンが搭載されましたが、ヂーゼル機関にくらべて燃費が悪いため、速度は丙型を上回ったものの、航続力は下がってしまいました。

丙型海防艦は『第一號海防艦』にはじまり、艦名は奇数番号が割り振られました。終戦までに53隻が完成。
丁型海防艦は『第二號海防艦』にはじまり、艦名は偶数番号が割り当てられました。終戦までに63隻が完成。


◆海防艦と対潜戦
新兵訓練と沿岸防備を目的とした海防艦は、太平洋戦争の突入とともに対潜・対空性能を強化した船団護衛用艦艇として重要な地位を占めるようになりました。
航空機、潜水艦の攻撃による商船被害を抑えようと、これら海防艦は強大な米英軍に太平洋各地で立ち向かっていきました。
とくに、対潜能力について言えば、日本海軍が建造した艦艇のなかでトップ・クラスの能力を持っていました。
艦これでは『五十鈴』改二などが対潜艦として強力ですが、実際の日本艦艇でもっとも充実した対潜能力をもっていたのは、実は戦時量産の海防艦だったのです。

とりわけ、戦時急造の『御蔵』型、丙型、丁型の対潜能力の高さは折り紙つきでした。
丙型、丁型には建造開始時から新鋭の九三式探信儀(のちに三式水中探信儀に換装)が搭載されていました。この探信儀は昭和15年ごろから聯合艦隊の一部驅逐艦や驅潜艇に搭載されだしたもので、建造時から標準装備となったのは『鵜來』型以降の海防艦でした。

爆雷搭載数ものきなみ120個となっており、この数は、戦前の日本艦艇の平均的な搭載数36個とは比べ物にならない量でした。

丙型、丁型にはこのほかに三式迫撃砲が搭載されました。
これは陸軍の九七式曲射歩兵砲という迫撃砲を海軍が採用したもので、海防艦に対潜攻撃用として搭載され、海防艦乗りのあいだでは対潜砲と呼ばれていました。
三式迫撃砲は横須賀工廠で生産されており、射程は2,800米に達し、この砲を艦橋前部に装備し、艦首方向への投射対潜裝備として用いました。

ただ―――

残念ながら、この対潜砲で撃てる砲弾は発音弾しかなく、大きな音で敵潜のソナーを邪魔する以外に効果はなく、運良く敵潜に命中しても撃沈撃破は全く期待できませんでした。

日本海軍は新型の海防艦で船団護衛と護衛艦艇の重要性に気づき、その増産には成功しましたが、敵機敵潜への効果的な攻撃手段をついに終戦まで手にすることができず、多くの海防艦が護衛の商船もろとも太平洋各地で散っていくこととなりました。

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南支那海に沈む第一號海防艦(昭和20年4月6日)



壁|'-')ノよいお年を。
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武蔵 艤装完了

はおヾ('ヮ'*)ノ

ようやく―――

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『武蔵』が改可能Lvである40に達しました。
姉に比べて改Lvが低いのは有り難いかぎり。

改Lvが低くても、要求してくる資材にかわりはなく……

なんとも言えなひ量で御座いマス。

それでも、彼女のためなら膨大な消費量もなんのその……

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『武蔵』、艤装工事完了。
満を持して、戰鬪力を強化しての出渠です。

改になることでカラーリングも変化。
黒を基調とした、なかなかどうして彼女に似合う色彩でございます。

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改後の裝備はこのたうり。
定番の46糎砲、これでまたひとつ在庫が増えました。

25粍機銃と二二號電探。

ところで、いまのところ艦これにはアクティヴ・レーダーばかり実装されていますが、電波兵器には、自ら電波を発し、目標に当たって跳ね返ってくるの反射波を捉えて位置情報や進路、速度を把握できるアクティヴ・レーダーのほかに、電波を捉えてその発信源を探ろうとするパッシヴ・レーダーといふものもあります。

電波を発すれば、当然、キャッチされます。しかも電波はエラい勢いで遠方にまで届いてしまうため、電波を捕捉する方は会敵するまでに十分な戦闘準備を整えることが可能でした。

どれほど遠くでも電波を捕捉できるのかといふと―――
昭和19年6月、サイパンに上陸した米軍を撃滅すべく、日本軍は空母『大鳳』、『翔鶴』、『瑞鶴』、戰艦『大和』、『武蔵』などを主力とする第一機動艦隊を出撃させます。
6月18日、タウイタウイを出撃して以来、米軍の索敵網からその位置を隠し通してきた日本艦隊はその夜、無線封止を破って電波を発しました。
この電波はたちどころに布哇(ハワイ)の高周波方向探知機にキャッチされ、グアムの西の海上に日本艦隊が存在することを知られてしまいました。
マリアナ沖~布哇の距離はおよそ6,500粁。電波を発するだけで、これほど離れた場所でも容易に受信できるわけです。

日本海軍は昭和18年にE二七型と称する三式超短波受信機(逆探知機)を実戦配備しました。
E二七型はキスカ島からの撤退作戰参加部隊に配備されたほか、とくに潜水艦隊から配備の要望が多かったそうです。
キスカ撤収に先駆けて、潜水艦による小規模な撤収が行なわれていた際、身を隠すのに最適のはずの濃霧のなか、浮上航行中の『伊七潜』、『伊九潜』、『伊二四潜』、『伊三一潜』が相次いで米艦に砲撃されて沈められたのがきっかけでした。

E二七型はラケットのようなアンテナを持ち、大きさは縦90糎、横50糎程度とミニマムでした。
当時の日本の電波技術力にしてはなかなか良質な電波兵器でしたが、電波兵器の先進国である獨逸と比べると、やはり胸を張って見せれるシロモノではありません。

ハチこと『伊八潜』は遣獨任務で大西洋に出向いた際、Uボートの『U-161』からメトックス逆探知機を譲り受けました。このとき、装備していたE二七型を分解して艦内に隠してしまったといいます。性能差が段違いだったんですね(´・ω・`)

ほかにも、同じく遣獨任務に従事した『伊二九潜』は獨逸の高性能逆探知機ナクソスを譲り受けて装備し、その優れた性能に驚愕したと伝えられています。

ちなみに―――

昭和19年にはいると、米英軍はより高性能のセンチ波レーダーを使用するようになり、E二七型ではもはや対抗できなくなってしまいました。

ハイテク電子機器が蔓延している21世紀のいまの日本とは隔世の感がありますネ。



壁|'-')ノよいお年を。
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遠方派遣潜水艦帰還セリ

はおヾ('ヮ'*)ノ

48時間といふ長い長い潜水艦派遣の遠征がようやく終わりました。

LVが高いコを旗艦に据えての派遣なので、失敗はまずありませんネ。

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このやうに……

成功ですゾ。

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成功報酬はボーキサイト100、開発資材2箇。
参加艦娘はキラッ☆ミ とさせていないので、素の状態の報酬です。
まぁ、たまたま全艦娘がキラッ☆ミ となっていないかぎり、ワザワザ光らせてまで参加させるほどのものじゃないですけどね。

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潜水艦遠征の任務を受けていたので、そちらの報酬も……

48時間も貴重なスク水……潜水艦娘を拘束しておいてこの報酬量...

これは暴動を起こすレヴェル―――

と血気にはやるのは早計といふもの。

ぢつをいいますと、48時間の潜水艦派遣の任務、とりわけ2度目の任務では別に報酬があるのです。

それが―――


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ユンカースJu87C改

ルフトヴァッフェ―――大獨逸空軍―――を代表する有名な急降下爆撃機ですね。
ストゥーカ、の愛称の方が有名な機体です。

C型は獨逸海軍向けに開発された機体で、急降下爆撃と対艦雷撃の双方の任務をこなせるよう求められていました。
艦これではタービン・ロケットや新型電探などのかわりにこれが届けられたわけですね。

とりもなおさず、艦これ初の海外兵器、ここに登場です。

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壁|'-')ノよいお年を。
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暴飲(燃)暴食(弾)艦隊出撃ス

はおヾ('ヮ'*)ノ

現在、我が聯合艦隊に未配属となっている艦娘は以下の諸艦。

一等巡洋艦『三隈』
驅逐艦『長波』

『三隈』は4-3、5-2。
『長波』は3-2、4-4、5-1、5-3で出ることが判明している。

あとはイヴェント海域。
『三隈』はE4。
『長波』はE1、E2、E5となっている。

『三隈』よりも『長波』のほが出やすいのではなかろうか……というなんのウラづけもない虚報に踊らされて、我が艦隊はとりあえずE5へコマをすすめることにしましタ。

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突入艦隊はコレ。
なんといふ大艦巨砲主義艦隊。
これで負ければ海戰の主役は空母と航空機の時代になることでせう。

とはいえ、全艦キラッ☆ミ とひときわ輝いているわけで、次から次へと涌いて出る敵をちぎっては投げちぎっては投げ、まさに鎧袖一触、敵邀撃部隊を次々撃破して進撃していくさまは圧巻のひとこと。

これぞ!

大艦巨砲主義の醍醐味といふものなりけり。

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そして戰艦という巨獣の力に酔いしれていたところ、旗艦『武蔵』に直撃弾。
期せずして脱がすことになったのでヨシとします(`・ω・´)

それに旗艦だから沈まないし、なんの問題もありませんネ。

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いよいよ―――

本命での戰鬪。
これでSかAになれば、そこそこの確率で……それなりの確率で……そこはかとない確率で『長波』がキてくれることでせう。
そう願いたいデース……

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夜戦突入。
我が方はすでにして1、2番艦が大破。『陸奥』も中破というなかなかキケンな状態。

敵の過半はしとめたものの、やはり昼戦で数を減らし損ねたのと、T字有利をひいたことによる敵直撃弾の高威力がこんな結果になった次第。
不利は不利で、夜戦で確実に敵旗艦を撃沈できなければならないので、昼戦で要塞などもろい艦を沈めにくい場合は歓迎できないわけです。

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残念無念―――

敵旗艦撃沈ならず。
まぁそれでも随伴すべてを撃沈しているので。判定はA。
ドロップは『鳥海』。

戰艦6艦による強行突入はかようなかたちで決着と相成り申した次第。

やはり『北上』、『大井』のペアを連れていくべきか……

悩んでしまいます。

決戦支援は、まぁ、小型空母2、驅逐艦2とかそういった規模で十分でせうがね。

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( ゜д゜)……

( ゜д)……

ソッチ見ンナ( *'-')っ―[] /☆ペチ
          (   )

さすがは『大和』型2艦。
弾薬1kはさすがといふかなんといふか……

長距離10回分、延べ5時間分の遠征をただの一度の出撃で喰い潰すとは……

さすが戰艦といったところ、ですね。

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『大和』のときもそうだったけど、『武蔵』もまたLv30と低いものの、大破からの復帰に膨大な資材を用いることに……

うん、戰艦を多用せずともヤれるE1かE2で、『長波』奪還をがんばることにしますです。



壁|'-')ノよいお年を。
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なんとかログイン……

はおヾ('ヮ'*)ノ

想定の範囲内……とでもいうべきログインできない晩秋の夜、みなさま、いかがお過ごしのことでせう。

こんな時は遠征だけでもなんとか遮二無二出撃サセテ、キレ~さっぱりすっきりして仮眠へと旅立つのが一番です。

と、いふわけで―――

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総時間48時間の潜水艦遠征を含めた遠征部隊各隊をなんとか出撃させました。

かなり重くて、いつネコが現れるかひやひやものでしあ、はひ。

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潜水艦を4艦も動員しての、超長距離連絡航海。

『伊八潜』による遣獨連絡航海が元ネタですね。

先の大戦では、獨逸は仮装巡洋艦を印度洋や南太平洋に派遣し、Uボートの通商破壊戰を支援していたものですが...

我が海軍は戦前からの方針である対艦戰鬪に重きを置いた運用の結果、さしたる戦果を挙げられずに、対Uボート戦で対潜戰鬪のノウハウを身につけ、新型対潜兵裝を装備した米英艦に沈められていったものでした...

ただ―――
印度洋では、我が海軍潜水艦隊はUボートばりの通商破壊戦を展開しました。

さらに、『伊號第二九潜水艦』は昭和18年4月28日、マダガスカル島の南西海上で獨逸Uボート『U-80』と洋上にて合流、印度独立の過激な独立運動家であるチャンドラ・ボースらを収容しています。

ところで、性能面では世界に冠たる我が海軍潜水艦を通商破壊戦に投入した結果、どうなったか御存知でせうか?

昭和18年1月にトラック泊地を出撃した『伊一〇潜』、『伊二一潜』は米軍の根拠地の一つであるニュー・カレドニア島ヌーメア、濠太剌利(オーストラリア)のシドニーを偵察する傍ら、短期間で見事な通商破壊戦を演じて見せました。

◆『伊一〇潜』/『伊二一潜』通商破壊戦戦果
1月17日 濠太剌利商船『カリンゴー』2,051噸 撃沈
1月18日 米油槽船『モビルーペ』10,222噸 撃破座礁
1月22日 米商船『ピーター・H・バーネット』7,176噸 撃破
1月30日 米商船『サミュエル・ゴンパース』7,176噸 撃沈
2月 8日 英商船『アイアン・ナイト』4,812噸 撃沈
2月10日 米商船『スターキング』7,176噸 撃沈

日本潜水艦が通商破壊戦に従事して、これほどの戦果を挙げたことを受け、潜水艦を一括運用する第六艦隊(部隊名:先遣部隊)は本格的な通商破壊戦実施を聯合艦隊上層部に訴えるも、潜水艦は艦隊決戦に用いてこそ! という頭の固い指導部の方向性を変えることはできませんでした。

それでも、日本潜水艦は昭和17年1月の第28潜水隊による印度洋潜水艦作戦開始以後、終戦までに120隻、撃沈総排水量60萬8228噸を印度洋における通商破壊戦で撃沈してみせました。

この戦果は、日本潜水艦が太平洋戦争中に挙げた商船撃沈戦果179隻の6割にも達するものでした。

どんな優れた兵器も、それを扱う人間、戦術、運用方法が稚拙であれば宝の持ち腐れであることを、太平洋戦争の日本潜水艦隊は身をもって示してくれました。



壁|'-')ノよいお年を。
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Bossよりも輸送船

はおヾ('ヮ'*)ノ


イヴェントを踏破したことで、追い立てられるかの如くイヴェント海域へねこまっしぐらに攻め込んでいたのがはるか昔の出来事のやうに思える愛宕です、ごきげんよう。

現在、我が艦隊は新規参入艦の育成を兼ねて東部オリョール/バシー方面に出向いています。

『巻雲』ではなく、クエのためですね。

『巻雲』探しに出向いたころは、かなりの頻度で艦隊は敵船団を捕捉していたものですが、今回はまるで反対、仕組まれているんじゃないかと思うほどにBoss戦に吸い込まれていく次第。

これはよろしくないですね。

育成を兼ねた通商破壊戦なのに、まるで実績がだせなひ...

困ったものです。

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『武蔵』には46糎砲×2、徹甲弾、三二號電探を裝備。
徹甲弾のかわりに6吋副砲を積んで夜戦カットインもいいかなと思ったけど、6吋副砲は巡洋艦、水上機母艦、小型空母と引っ張りだこの人気商品……裝備なので、戰艦はすべて夜戦連撃仕様に改め、副砲はすべてほかのコたちにわたしてしまいました。

カットインはカッコいいんですけど、イヴェント海域戦でもなければそうそう夜戦にいくことはないですからね。


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運良くあっさり入手できた新艦娘の『阿賀野』。
彼女は6吋副砲×2と三三號電探を搭載。
水雷戦隊の新型旗艦として設計・建造された彼女だけど、我が艦隊では雷撃戦指揮能力よりも、新世代艦としてその砲力を発揮してもらおうと思った次第。

キラリ~ン☆ミ 『阿賀野』どんどん強くナっちゃうNE


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『阿賀野』の妹の『能代』は、『阿賀野』型新型装備の6吋聯裝砲×2、『武蔵』が搭載していた零式水観を裝備。
せっかくの新型艦砲ですからね、やっぱり使ってあげないと。
水観を装備したのは電探開発までのつなぎであり、場合によっては改後も搭載しつづけるやもしれませぬ。

電探と水観の組み合わせで、『阿賀野』よりやや低めの対艦打撃力をカヴァーしてみせるのが狙い。


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『陽炎』型の『初風』。
特筆すべき点はないのに、なぜか3-4とイヴェント海域でしか手に入らない。
まだ持っていない提督は、イヴェント海域で狙いませう。
3-4をエンドレスするよりはるかにマシですから(´・ω・`)


以上の4艦に『巻雲』、『瑞鶴』をまじえての輸送船狩りですが...

輸送船、遭えないんですよね...

一方で―――

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帰還後の補給。

燃弾ともに、なかなかの要求量でゴザいます。

一部は大型艦『瑞鶴』ですが、一番なのはもう彼女しかありえませんね。

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『武蔵』単艦で補給燃弾のおよそ6割を要求してくる始末。

さすがアノ『大和』の妹だけのことはありますナ。



壁|'-')ノよいお年を。
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武蔵に遊んでもらふ( ゜д゜)

はおヾ('ヮ'*)ノ

仕事を終え、いよいよ今日から先ごろ実戦配備が完了した軍艦『武蔵』の運用を本格的に開始しやうかと思います。

でもその前に―――

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艦これ的に第六の選手はどの艦娘になるのだろうか……


『武蔵』の放置ボイス、時報など、いろいろ聞いていくうちに、ちょっとモヤモヤsるものがありましてですネ。

とりわけ―――

「ふっ……おいで。遊んでほしいのかい?」
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提督「はひっ!!! 弄んでくださひっ!!!!
↓提督の視線の先
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「提督……昼間っからナニする気なんですか?」
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まったくデス。

こまったものデス。

あ、愛宕は『大和』級の御胸様の誘惑に負けたりしないんだからねっ!!!


最後に...
『大和』型姉妹を並べると―――

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うん、もう画面がいっぱいいっぱいヽ(´ー`)ノ



壁|'-')ノよいお年を。
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やっと本当のワタシになれた気がシマース

はおヾ('ヮ'*)ノ

戰艦改二……

愛宕はてっきり、『扶桑』のほうがクると思っておりましタ。
なにしろ戰艦群で唯一の銀背景艦姉妹でしたからネ。

そんな不幸っぷりを改善させるべく……と思っていたのですが、キたのは愛しの『金剛』。

我が艦隊イチオシの彼女が改二とは、いやはや……予想できなかったですわ。

しかも高Lvでの改ニ―――

ミサワ風に言うなら……「金剛改ニ辛いわーLv99だから高Lvで改二とかマヂ辛いわー」ですかな。

「あの提督……その発言は全世界に宣戦布告する類のものですからちょっと……」



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ふふ、でもでも、兎にも豚の角煮も、我が艦隊の至宝たる彼女をさっそく改二にしちゃいマース!!

さすが改ニ―――

必要資材の量もハンパない……それだけ今度の『金剛』はヤスくないといふわけか。


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大改装艦『金剛』改二、ここに着任!!

前の『金剛』は胸チラを妄想たくましくしてくれるprprしたいワキが魅力でしたが、今回は高速艦たる彼女の自慢のカモシカのようなftmmがポイントです。

もちろん、イラストを見てもわかるたうり、全砲門がこちらを指向しているので、彼女の足ばかり見惚れていると、スねて14吋砲弾のハードパンチャーにふさわしい一斉射撃を受けちゃうので気分はもうヘンダーソン。

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改二にすると二二號電探をもってきてくれマス。
どうやら最近の新規艦のトレンドは二二號電探のやうですネ。

改二にはなりますが、それでもやっぱり彼女に九一式徹甲弾の搭載はムリでした。

『金剛』型戰艦は改二になっても徹甲弾は持たせない方針のやうですネ。

なにはともあれ、これから全力で近代化させ、決戦海域に投入しやうと思いマス。



壁|'-')ノよいお年を。
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