徒然なる戰藻錄

WoTとWoWS、アズールレーンをプレイしているところなのです

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富士山

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

今月のはじめ、ふらりと深夜のドライブに逝ってきました。

場所は―――

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富士山五合目。

日付変更と同時に東京~山梨の境を越え………峠道は走り屋さんとその見学者でイッパイでしたが。

富士スバルラインを開場まもない時間に走破してきました。

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日の出、はじまりました。

水無月とはいえ東京は25度ちかくまで上昇するks忌々しさですが、朝4時半の富士五合目の気温は6度ほど。風があるので寒さはひとしお。

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このときは小御嶽神社の展望台から日の出を見ました。
神社の展望台は人がさほどでしたが、ほかの展望台にいった人もいるようなので、それなりに日の出を見に来た人はいましたね。

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五合目駐車場より北方、これは八ヶ岳方面ですかね。

五合目は標高およそ2,300米。
単純に言って、スカイツリー展望回廊の5倍以上の高さですもんね。そりゃ遠くまで見渡せるはずです。

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ちょっと拡大。
この日は甲府一体は曇りの予報でしたが、五合目からは澄み切った蒼空が窺えました。

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富士山はまだ山開きしていないので、登山客はまったくいませんでした。
まぁ自分も、山頂を目指しにきたわけではないので………

御中道を歩いて大沢崩れを目指します。

こんな山道を歩くわけです。

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朝5時ごろの富士山頂方向。

御中道は富士五合目から西へ延びている山道で、大沢崩れまで逝くことができます。
片道およそ2時間半ほどの散策コースですね。

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ところどころ、展望が開けています。

山道とはいえ、それなりに山道ですから靴はちゃんとしたのにしましたし、登山用のスティックも持参しました。
あと飲料水と、ジップロックに入れたチョコ。

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気温は10度ちょっと。日差しが強いので汗をかきますが、木陰に入ると一気に涼しくなります。

にしてもホント、空は蒼かったですね。

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気温が低いけど、昼ごろには十分な気温になると思い、防寒裝備はマフラーと軍手、手袋のみ。
マスクもつけてましたが、5時半ごろにはマスクをつけてると暑く感じるようになり、6時ごろにはマフラーもはずしちゃいましたね。

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1時間ほどあるくと御庭のあたりの休憩所に着きますが、そこから先はガチの山道。当然ながら手すりとかないし、道も狭く十分に整備されていない………

お庭から先はハイキングの範疇を越えましたね。

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五合目を出発しておよそ1時間半、早朝ということもあって人にまったく出会いませんでした。
にもかかわらず、山頂方向から人の話し声が聞こえてきたんですよね。

そのときに撮ったのがコレ。
当然、不審なものも不可解なモノを写っていません。

なんだったんでしょうね?

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下界を覆っていた雲も少しずつ晴れてきました。
もう少し雲がはれれば、本栖湖や精進湖などが見えるかもですね。

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途中で鹿と遭遇。
西部劇のガンマンよろしく、およそ100米ほどの距離で対峙。

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逃げていきましたヾ('ヮ'*)ノ


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ケッコ→晴れてきましたね。


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いい晴れっぷりです。

2,300米の高さでコレなら、富士山頂からの景観はさだめし良いものでしょうな。


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滑沢に到着。
ここから大沢崩れまでおよそ25分の距離。

もう少しです。

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ここから赤石山脈が望見できるわけです。

でも―――

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がっつり崩落してました。

向こうの地層が見える場所は、目測で高さ10米ちかくはありましたね。


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崩落はずっと下まで...

迂回しようにも、上も下もダメでしたね。
それに登山裝備じゃないし。

大沢崩れへの進撃は断念し、ここで小休止した後、引き上げることにしました。


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7時半をすぎたころから、この高さにまで雲がやってきました。


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うっすらと本栖湖が見えました。
肉眼ではばっちり本栖湖と精進湖が見えたんですけどね。


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富士山頂を見つつ御中道を引き返します。

大沢崩れまでの道が崩落しているからか、まったく人に出会いません。


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いよいよここにまで雲が………


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雲の陰がくっきりと。


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雲、増えてきました。

このあと、本栖湖や山中湖、朝霧高原から富士山を観る予定だけど………


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薄い雲でしたが、このとき初めて雲に全身をつつまれました。
雲は綿菓子………なんてのは子供だけが夢見るものですね。


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富士五合目を午前10時過ぎにあとにして、ちょっとしたの大沢駐車場に下りてきました。
ここは標高およそ2,000米。

すでに雲の中でした。
画像上は西山麓方向、画像下は頂上方向。

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富士スバルラインをおりたあと、本栖湖へ。

この中ノ倉峠からの景観が、千圓札の裏なんですよね。
なので登ってきました。

御中道以上のガチ登山道をねヾ('-'*)ノ

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富士山は雲のかなた………

ま、五合目にいたころにこれは予想してました。

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道の駅あさぎり高原わきの富士展望台から。

イャー、諦め切れなかったんですよね。
もしかしたら雲が晴れて………
晴れるどころか富士山そのものが見えないくらいに雲だらけ。


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山中湖に到着。
やっぱり見えません。

まぁ、富士山を観に来ただけでなく、温泉にもつかる予定でしたので、まずは温泉へ―――

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温泉を出て、午後4時半ごろにふたたび山中湖畔へ。

雲、晴れてきました。


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日没までおよそ1時間。
やっと雲も晴れて、富士山が全身を見せてくれました。


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やはりイイもんです富士山。


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午後7時ごろ、最後の富士山を撮影し、帰途に着きました。



壁|'-')ノよいお年を。
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湾岸地域

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

昨夜は雨でした。
とはいえ、日付も変わるころには帝都に降りしきる雨も止んでいましたが。

そんな雨のなか、ひっそりと湾岸地域に逝ってきました。
艦これで食材がでないので息抜きに………


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ホテルトラスティ。
巨大な門のような外観がなんとも。

ファンタジー系なら異世界とをつなぐゲートの代役になりそう( ゚ω゚ )


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夢の大橋。
有明西運河に架かり、江東区有明地区と港区台場・江東区青海地区をつないでいます。


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ホテルトラスティとあけみ橋。
あけみ橋の上にはゆりかもめの高架。
もっぱらクルマ移動が主なので、台場方面にきてもゆりかもめを使うことはないのであまり乗ったことはないです。一度だけ乗ったときは、平日昼間でしたが前面展望だけは盛況でしたね。


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ザ・タワーズダイバ。
王冠のような頂部のライトアップが目立ちました。


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首都高、湾岸道路の橋梁と有明清掃工場の煙突。
手前の橋は車輛通行不可となった青海橋。


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パレットタウンの観覧車。
日本最大級の観覧車。夜10時までの営業なので、撮影している頃には営業終了してました。


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晴海橋から晴海橋梁ごしに豊洲地区。

次は台場地区を離れ、豊洲地区へ。
ここには廃線後も撤去されずに残る晴海橋梁があります。
築61年のなかなか歴史ある橋ですが、封鎖されたまま再利用されずに放置プレイ中です。


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晴海大橋とレインボー・ブリッジ。
晴海橋梁の西側は再開発地区で沿岸部は立ち入り不可。東側はアーバンドッグや水上バス乗り場まで遊歩道になっているので、そこから撮影。


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晴海橋梁と晴海・月島方面。
自分は台場方面に逝くときは、銀座地区から晴海通りとかレインボー・ブリッジを渡ったりはせず、もっぱら昭和通り~入船~佃大橋というルートを使います。
佃大橋を渡り終え、晴海橋西交差点を右折して有明通り方面に向かうので、この晴海橋梁のことは知っていても佃大橋のすぐ至近にあることまでは知りませんでした。


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青海橋といい晴海橋梁といい、これら未使用の橋はどうなるんでしょうかね?
晴海橋梁なんて見た目的にイイ感じだから、整備して歩道橋にするのもいいと思うんですがね。
ま、整備補修・維持にちょいと錢がかかるんでムリでしょうね。


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レインボー・ブリッジ南側と台場地区。
最近、完全整備された豊洲ぐるり公園より撮影。
駐車場は西側に有料が1箇所だけですが、出庫したら左折して行き止まりまでいき、そこでぐるっとひとまわりしてまた来た道を引き返さないと都道484號線に出れないという構造。
なお、となりは最近めっきりその名を聞かなくなった豊洲市場。


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レインボー・ブリッジ。
いい橋ですが、芝浦方向から一般道を通ってわたる際、そこへいたるまで道が右左折ばっかでメンドいんですよね。あくまで自分が自宅から台場へ向かうときは、ですが。
なので高速利用以外ではこの橋は渡りません。
台場へ来るときは東の佃大橋からです。


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晴海方面。
左手の三角っぽいのは晴海客船ターミナル。
中央清掃工場の煙突の向こうには勝どき地区の高層マンションやビル。
勝どきや月島、豊洲方面は、高層マンションの明かりが近未来ぽくってイイ感じなので、夜に走るのは大好きです。


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竹芝・日の出方面。
レインボー・ブリッジを撮影したあたりからだと、東京タワーは浜松町ビルディングのてっぺんからちょこっと顔を見せるだけですが………
公園を北側まで歩くと、浜松町ビルディングの陰から東京タワーが姿を見せてくれます。


東京ゲートブリッジまで足を延ばしたかったのですが、この時点で―――

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日付も変わってレインボー・ブリッジのライトアップも終了。
ゲートブリッジも深夜0時でライトアップは終わりなので、訪問は断念しました。



壁|'-')ノよいお年を。

百里基地

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

先だって、大洗へ鮪丼食べに行った帰りに、ぶらりと茨城縣南部の飛行場施設を訪問しました。

赴いたのは―――

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航空自衛隊・百里基地。

旧海軍の百里原飛行場ですね。

厚木の基地やちかくの千葉・下総基地と違い、周囲は鬱蒼たる雑木林に囲まれ、いきかうクルマも少ないせいか、基地周辺の道路はぼこぼこでしたね。
なお、基地の西側には茨城空港があるのですが、そちらも空港周辺は雑木林や畑ばかりで似たり寄ったりでした。

さっそく中に入り―――

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雄魂の碑。


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警備犬を祀る碑。


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昭和48年10月16日、航空自衛隊で初のマクダネル・ダグラスF-4EJファントムⅡ戰鬪機を装備した第301飛行隊が、この地で編成されたことを示す碑。


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碑のもとに埋められたメダル。
TFSは Tactical Fighter Squadronの略。


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基地のはずれの茂みの中に埋もれるように置かれている、いまは無き第12移動警戒隊がこの地に置かれていたことを示す碑。


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第206飛行隊の碑。
ロッキードF-104スター・ファイターを装備していた第206飛行隊は、第305飛行隊(現在は宮崎県新田原基地に移動)がF-4EJ裝備で編成されたことを受けて解隊され、そのことを示すものとしてこの碑が置かれました。


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海軍・百里原航空隊と大戰末期に此の地より出撃した特攻隊の碑。
百里原から九州に移動した特攻隊は、終戰までに85名が戦死されました。


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碑の正面に樹木が育ち、枝葉をかきわけて撮影しました。


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ロッキードF-104Jスター・ファイター邀撃(要撃)機。
米空軍が戰鬪爆撃機として運用していたG型をもとにして、爆撃関連と空中給油機能を排した航空自衛隊仕様として三菱でライセンス生産された戰鬪機。


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ロッキードT-33練習機。
米陸軍航空軍(現アメリカ空軍)が第二次大戰中に開發したジェット戰鬪機ロッキードP-80シューティング・スターをベースにした2人乗りの複座練習機。


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航空自衛隊が昭和29年に發足すると、F-86戰鬪機とともに供与され、川崎重工(当時は川崎航空機)でライセンス生産されました。
同時供与のF-86は昭和57年までにすべて退役しましたが、T-33は平成12年まで使用されました。


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主翼端の黄色いモノは燃料タンク。
空中で切り離せるタイプではないけど、地上では取り外すことができます。


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ノースアメリカンF-86Fセイバー。
米空軍の初期のころの代表的なジェット戰鬪機で、とくに朝鮮戦争での活躍が有名な機体ですね。


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航空自衛隊は發足とともにこのF-86Fを米國より供与され、一部の機体は空中機動研究班(のちのブルー・インパルス)に配備され、昭和39年の東京五輪では五輪マークを大空に描いてみせました。


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後継戰鬪機F-104Jの配備が進みだすと、旧式のF-86Fは順次退役していき、昭和57年に最後の部隊が解散し、航空自衛隊での運用は終了しました。


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F-86セイバーの發展型F-86Dセイバー。
それまで戰鬪機の主武裝であった固定機銃を排した初の機体ですが、ヴィェトナム戦争で戰鬪機の機銃無用論が愚策であることを証明され、ミサイル性能の向上した21世紀の今日でも、戰鬪機の固定機銃は必需品となっています。


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高性能レーダー搭載のため拡大されたレドームによって、F-86Fとは異なった空気取入口となったのが特徴的。
自衛隊内でF-86Fは旭光と呼ばれていましたが、F-86Dは月光と呼ばれました。


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發展型とはいえ、米空軍のお古を譲り受けて交換部品に事欠くようになり、さらにF-104Jの配備が始まったため、F-86Fよりもはやい昭和43年に最後のF-86D裝備飛行隊が解隊しました。


明日に続きますヾ('ヮ'*)ノ



壁|'-')ノよいお年を。

地元の

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

しばらく前に、地元の広報センターに赴いた際の画像をうp。

毎度ながら、下手なのと画質が良くないのは申し訳( ゚ω゚ )


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展示車輛群。

ちな、自分は戰鬪車輛は前からだけでなく、後方や側面から見たり撮ったりも好きです。
ただ、ここでは車輛間のスペースが狭いので、側面は無し。


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八七式自走高射機関砲砲塔部。

この車輛、好きだけど基本は北海道師團にしかないんですよね。
首都圏だと千葉の高射學校にあるぐらい。


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地上戰用車輛群。


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八九式裝甲戰鬪車。

これを初めて見たのは、かなり前の観閲式の予行のとき。
新座市のテニス場のフェンスごしに、隊列を組んでいた車輛部隊を見たときでしたね。


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九六式裝輪裝甲車。

六〇式や七三式の裝軌車輛に慣れた目には、裝輪式のこの裝甲車はエラくカッコよく見えたもんでした。
しかもこの裝輪タイプだと、街中を移動する姿も見れますしね。


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七四式戰車。
お椀型砲塔が特徴の往年の主力戰車。


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新型の一〇式戰車。
鋭角の砲塔前面と、側面のサイドスカートが特徴ですね。

ほかに九〇式戰車がありますが、それは屋内展示。
ただ、この日は九〇式戰車の車長席開放日でめっちゃ人であふれていたので撮影はしませんでした。


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一〇式戰車の銘鈑。
試作時代は防衞省移行前でしたね。


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後方から戰車。
一〇式戰車は左側面から撮りたかったのですが、親子連れがたくさんで断念。


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無人観測機。
見た目はでっかいラジコンヘリですねヾ('ヮ'*)ノ


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中距離多目的誘導彈。
陸自の裝備でも珍しい、何々式という呼称のない兵器です。


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發射機を載せた車体は高機動車。
これまた何々式という呼称のない車輛。


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自走砲。
國産車輛のみなので、米國製のM110はいません。203粍砲の大口径自走砲なので、デカいんで迫力あるんですけどね。


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七四式105粍自走榴彈砲。

WoTでも日本ツリーに配備できそうな大きさと搭載砲です。


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七五式自走155粍榴彈砲。

より大きくなった自走砲。
いまは新型に更新されて、退役しちゃいましたけどね。


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最後は屋内に展示の1噸爆彈。
戦時中に米軍が投下した不發彈を回収したものですね。



壁|'-')ノよいお年を。

水戸のはずれの名所

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

先ごろ、大洗へ赴いた時の画像をば………

大洗へは基本、愛車のアバロン(初代MCX-10)で常磐道~東水戸道路→水戸大洗ICというルートで向かいますが、最近は國道6號→長岡立体からわき道へそれて、縣道106號にはいって大洗驛の南側から市街地に突入しています。

水戸大洗ICをおりて、國道51號を大洗方面へ向かいだすと、ソレがアるわけです。

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水戸地方でも有名(?)な遺跡、大串遺跡。
國指定の貝塚があることで知られています。

でも訪問の目的は―――

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これです。
大串遺跡には縄文時代の家屋を模した展示があるのですが、それ越しに見えるのが―――

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北の方角、水戸市街地を向いて鎮座まします白亜の巨像。
これが目玉です。

國道51號からも見えるのと、自分は時間的にあわず見ていないですが、夜間はさりげなくライトアップされます。

闇夜に浮かび上がる像...( ゚ω゚ )

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正面から。

これは《だいだらぼう》。
日本各地に伝わる巨人伝説の一つで、ダイダラボッチ、でいだらぼっち、大太郎坊とも呼ばれたりしますね。

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像の近くには、こんな足跡池というのも―――

長さ73米ですが、像の足はそんなに長くありませんでした。盛ったのか………別のだいだらぼうのなのか………( ゚ω゚ )


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台座部分の内部は展示室となっていて、そこから上へと通じる階段を昇っていくと、展望台に出ることができます。
ここは台座展望台。
高さはざっと5米ぐらい。

展望台だけど、周囲の階段や段差がやけに大きいので、上り下りにはちょっと苦労します。


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台座展望台からさらに階段を昇っていくと、手のひら展望台に着きます。
展望台と言っても、広さはご覧のほど。大人が2~3人立てる程度の面積しかないです。
しかも出入り口は狭く、低く………注意せずに吶喊すると頭部をしたたかに打ち付ける結果になります。


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手のひら展望台よりご尊顔を仰ぎ見る( ゚ω゚ )


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手のひら展望台は高さおよそ10米。
あまり高くはないですが、この周囲に背の高い建造物はほとんどないので、眺望はなかなかです。

大洗鹿島線の高架が見えますが、ラッピング電車はいません。


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東水戸道路の新那珂川大橋。


台座内の展示室には、さりげなくライトアップされるスヴァラしいものが―――

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縄文時代の代表的な遺物、遮光器土偶さん。
レプリカですが、高さ1米ぐらいの結構なデカさに仕上がっています。


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ミミズク土偶さん。
遮光器土偶さんは主に東北地方で見つかっていますが、このタイプは南の関東地方で發掘されるタイプですね。


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ハート形土偶さん。
顔面がハート形なのが特徴。南東北から関東地方で見つかっていますね。


ちなみに、これら3体は包囲するように展示されています。
中央に立つと、デカいこの3体に包囲される何とも言えない気分が味わえます。


最後に―――

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大洗磯前神社・神磯の鳥居での日の出。



壁|'-')ノよいお年を。

鹿島へ

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

つい先ごろ、大洗へ向かう途上に茨城県の要衝・鹿島神宮を訪れました。

その時の画像をいくつかあげようと………
画質の悪さと撮影の下手はご容赦を………(*'-')

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大鳥居。
最初に訪問したのは深夜2時~3時ごろでしたね。
風が猛烈に強く吹いていたのが印象的でした。

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午後に訪れたときに撮影の大鳥居。


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二郎杉。


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昼の二郎杉。


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楼門。

深夜だと人がいないのでじっくりと観れるのがいいですね。
人がいなさすぎて、強風で揺れる木々にちょっとビビりますが( ゚ω゚ )


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昼の楼門。


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仮殿。

平日とはいえ、やはり名所。
人は多かったですね。


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祈祷殿。


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拝殿。

昼の時も撮影しようとしたのですが、ひっきりなしに人が参拝するので諦めました。


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稲荷社。
クルマの祈祷所のそばにあって、連続した鳥居が特徴的でした。

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鳥居をくぐって―――


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奥参道にはいり、すすんでいくと―――

さざれ石がありました。


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拝殿から左へ進むとこのように奥参道入口があります。


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深夜、奥参道を奥宮のあたりまで進み、そこから奥参道入口方向を撮りました。
奥参道には灯りが一切無いため、御覧のように深夜ともなれば完全に闇。
空は雨模様のため月明かりも星の光もないため、一寸先も見えない真の闇がそこにありました。

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奥参道。
ちなみに、深夜、奥参道へ向かうには、拝殿の向かいにある警備員詰所で断りを入れないと、巡回中の警備員に呼び止められます。
あと懐中電灯やランタンなどの照明器具必須です。

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さざれ石のちかくにある、鹿島神宮の鹿園。

雨模様の中でも、このように鹿さん'sは動き回っていました。


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たくさんの鹿さん。
子どもの鹿もいましたね。

鹿園の柵の周囲にはもう一つ、柵が張られていて、そこへ入るにはちかくの売店で鹿の餌を買わねばなりません。


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なので買いましたヾ('ヮ'*)ノ

餌はぶつ切りの人参さん。
手に持って近づくと我先にと鹿が群がってきます。

この小鹿に人参を上げようとしたら、別の大人の鹿に押しのけられていました。
鹿の世界も厳しいな( ゚ω゚ )

二度目にはちゃんとこのように食べてもらいました。


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奥宮。
ここには照明があったので、ちょっとだけほっとする気分です。

ただ、雨で地面がぬかるんでいるので、油断は禁物です。


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夜は閉じられていた門扉も、昼は開放されていました。


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奥参道の途中から、南へと延びる小道を進むと―――


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要石。
鹿島神宮といったら、やはりこれですね。

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夜はめっちゃ怖いですけどね。


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昼の要石。

地中深くまでこの石が埋まっているとなると、自然にできたものなのか、はるかなる昔に何者かが埋めたのか………
気になりますね。



壁|'-')ノよいお年を。

香取へ

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

つい近頃、千葉県の香取神宮を訪れたので、その時の画像をいくつか………

画質が悪いのと下手なのはホント申し訳( ゚ω゚ )


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香取神宮、表参道入口。

到着したのは深夜2時ごろで、雨もぱらつきだしてきました。


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昼にもう一度、参上。


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参道。

画像は悪いですが、この時の夜景はキレイでした。
撮影の巧い人だともっと綺麗なものになるでしょうね。


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昼の参道。


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御神木。


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参道入口のわきに、こんな細道。
しかも急峻な坂道。

ここを昇っていくと、奥宮のところにでます。


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昼間に来たときに撮影。
千葉でも有数の名所故に参拝客は多かったですが、奥宮へ通じるこの道はまったく人気がありませんでしたね。


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奥宮入口。
ここのすぐ北側は住宅があったりするのですが、深夜2時であれば人の気配なんてするわけありませんね。


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奥宮。
こういってはあれですが、ばりばり心霊スポット的な雰囲気でした。
ちなみに画像の中央にある細長いのは、たまたま写った降り注ぐ雨滴。

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昼の奥宮。


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飯篠長威斎の墓。


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昼間にも訪れました。


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深夜の護國神社。

鳥居のあたりは周囲の明かりや提灯もあって安心でしたが、神社の周囲は完全に闇の中。見上げれば雨模様の空。風にあおられる木々。
怖かったです( ゚ω゚ )


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昼にも参拝。

なお、この護國神社と要石とはかなりの至近距離ですが、夜に来たときは明かりもないためまったく周囲の情況が判りませんでした。
だから夜に香取神宮を訪れたときは、護國神社を撮った後、奥宮方面に戻ってから要石へ向かいました。

昼に来たときは、あまりの至近距離に驚かされました。


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神池。


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安倍総理の大和心。


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昭和天皇、皇后両陛下の植樹。


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天皇、皇后両陛下の植樹。


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総門。


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総門の下に位置する石鳥居。


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楼門。


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手水舎。


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神楽殿。


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夜の拝殿。


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昼の拝殿。


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なにかの行事が行なわれていたのでしょうかね。
撮影はしませんでしたが、こちらの方々のほかに、小さい巫女さんたちもいました。


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夜の本殿裏手。


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昼の本殿裏手。


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要石。


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昼の要石。

ここと護國神社はほんの目と鼻の距離です。


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香取神宮の鹿園。

この日は担当の方がいないというので、写真だけ撮らせてもらいました。



壁|'-')ノよいお年を。

少し前に撮ったモノ

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

フォルダ整理ででてきた、ちょっと前に都内の一部をふらついた時の寫眞をうp。

スマフォで撮っているから画質が悪いのと下手なのはご愛嬌( ゚ω゚ )


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神田明神・男坂。

ちなみに撮影時刻は午前3時ごろ。
人はいません。

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秋葉原にはちょこちょこ逝くけど、神田明神まで足を延ばしたことはいままでなかったんですよね。

このときはたしか、dアニメストアでいまさらながらラブライブとサンシャインを観たから、神田明神まで逝ってみるか、と思いたった次第でしたね。

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女坂。
男坂はまだ趣が少なからずあるけど、こっちはもうただのどこにでもある階段。

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卯月の頃に出向いたので、さすがに深夜3時でも寒くはなかったですね。
寒い中では手がかじかむので撮影が大変です。

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こんなに時間に撮影するとは、不審者極まりないですね。
所轄署の方に通報されることもなく、無事にお参りを済ませました。

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昼間に来れる時があったら、神馬のあかりちゃんにお会いしたいものです。


秋葉原驛をでて南へ、神田川をわたるとそこにはひっそりとたたずむ神社が―――

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柳森神社。
深夜3時では、周囲のビルの明かりの少なさもあいまって、都会のただなかとはいえなかなかの雰囲気がします。

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入口は閉ざされていました。
夜間は境内への出入りは不可でした( ゚ω゚ )

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こちらは昌平橋のちかくにある講武稲荷神社。

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中央通りから1本の細い路地に入った先に―――

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鳥居が。

フラッシュを使っていますが、使わないと完全に闇の中です。
周囲のビルの明かりもなく、あったとしてもここまで届きませんのでね。

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ビルの谷間にひっそりと鎮座ましますは、花房稲荷神社。

参拝は昼間がいいですね(*'-')b



壁|'-')ノよいお年を。
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