徒然なる戰藻錄

WoTとWoWS、アズールレーンをプレイしているところなのです

富士山

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

今月のはじめ、ふらりと深夜のドライブに逝ってきました。

場所は―――

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富士山五合目。

日付変更と同時に東京~山梨の境を越え………峠道は走り屋さんとその見学者でイッパイでしたが。

富士スバルラインを開場まもない時間に走破してきました。

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日の出、はじまりました。

水無月とはいえ東京は25度ちかくまで上昇するks忌々しさですが、朝4時半の富士五合目の気温は6度ほど。風があるので寒さはひとしお。

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このときは小御嶽神社の展望台から日の出を見ました。
神社の展望台は人がさほどでしたが、ほかの展望台にいった人もいるようなので、それなりに日の出を見に来た人はいましたね。

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五合目駐車場より北方、これは八ヶ岳方面ですかね。

五合目は標高およそ2,300米。
単純に言って、スカイツリー展望回廊の5倍以上の高さですもんね。そりゃ遠くまで見渡せるはずです。

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ちょっと拡大。
この日は甲府一体は曇りの予報でしたが、五合目からは澄み切った蒼空が窺えました。

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富士山はまだ山開きしていないので、登山客はまったくいませんでした。
まぁ自分も、山頂を目指しにきたわけではないので………

御中道を歩いて大沢崩れを目指します。

こんな山道を歩くわけです。

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朝5時ごろの富士山頂方向。

御中道は富士五合目から西へ延びている山道で、大沢崩れまで逝くことができます。
片道およそ2時間半ほどの散策コースですね。

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ところどころ、展望が開けています。

山道とはいえ、それなりに山道ですから靴はちゃんとしたのにしましたし、登山用のスティックも持参しました。
あと飲料水と、ジップロックに入れたチョコ。

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気温は10度ちょっと。日差しが強いので汗をかきますが、木陰に入ると一気に涼しくなります。

にしてもホント、空は蒼かったですね。

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気温が低いけど、昼ごろには十分な気温になると思い、防寒裝備はマフラーと軍手、手袋のみ。
マスクもつけてましたが、5時半ごろにはマスクをつけてると暑く感じるようになり、6時ごろにはマフラーもはずしちゃいましたね。

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1時間ほどあるくと御庭のあたりの休憩所に着きますが、そこから先はガチの山道。当然ながら手すりとかないし、道も狭く十分に整備されていない………

お庭から先はハイキングの範疇を越えましたね。

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五合目を出発しておよそ1時間半、早朝ということもあって人にまったく出会いませんでした。
にもかかわらず、山頂方向から人の話し声が聞こえてきたんですよね。

そのときに撮ったのがコレ。
当然、不審なものも不可解なモノを写っていません。

なんだったんでしょうね?

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下界を覆っていた雲も少しずつ晴れてきました。
もう少し雲がはれれば、本栖湖や精進湖などが見えるかもですね。

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途中で鹿と遭遇。
西部劇のガンマンよろしく、およそ100米ほどの距離で対峙。

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逃げていきましたヾ('ヮ'*)ノ


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ケッコ→晴れてきましたね。


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いい晴れっぷりです。

2,300米の高さでコレなら、富士山頂からの景観はさだめし良いものでしょうな。


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滑沢に到着。
ここから大沢崩れまでおよそ25分の距離。

もう少しです。

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ここから赤石山脈が望見できるわけです。

でも―――

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がっつり崩落してました。

向こうの地層が見える場所は、目測で高さ10米ちかくはありましたね。


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崩落はずっと下まで...

迂回しようにも、上も下もダメでしたね。
それに登山裝備じゃないし。

大沢崩れへの進撃は断念し、ここで小休止した後、引き上げることにしました。


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7時半をすぎたころから、この高さにまで雲がやってきました。


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うっすらと本栖湖が見えました。
肉眼ではばっちり本栖湖と精進湖が見えたんですけどね。


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富士山頂を見つつ御中道を引き返します。

大沢崩れまでの道が崩落しているからか、まったく人に出会いません。


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いよいよここにまで雲が………


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雲の陰がくっきりと。


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雲、増えてきました。

このあと、本栖湖や山中湖、朝霧高原から富士山を観る予定だけど………


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薄い雲でしたが、このとき初めて雲に全身をつつまれました。
雲は綿菓子………なんてのは子供だけが夢見るものですね。


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富士五合目を午前10時過ぎにあとにして、ちょっとしたの大沢駐車場に下りてきました。
ここは標高およそ2,000米。

すでに雲の中でした。
画像上は西山麓方向、画像下は頂上方向。

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富士スバルラインをおりたあと、本栖湖へ。

この中ノ倉峠からの景観が、千圓札の裏なんですよね。
なので登ってきました。

御中道以上のガチ登山道をねヾ('-'*)ノ

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富士山は雲のかなた………

ま、五合目にいたころにこれは予想してました。

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道の駅あさぎり高原わきの富士展望台から。

イャー、諦め切れなかったんですよね。
もしかしたら雲が晴れて………
晴れるどころか富士山そのものが見えないくらいに雲だらけ。


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山中湖に到着。
やっぱり見えません。

まぁ、富士山を観に来ただけでなく、温泉にもつかる予定でしたので、まずは温泉へ―――

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温泉を出て、午後4時半ごろにふたたび山中湖畔へ。

雲、晴れてきました。


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日没までおよそ1時間。
やっと雲も晴れて、富士山が全身を見せてくれました。


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やはりイイもんです富士山。


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午後7時ごろ、最後の富士山を撮影し、帰途に着きました。



壁|'-')ノよいお年を。
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作戰終了

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

梅雨入りしてもなっかなか雨が降らず、降ったとしても涼しい夜ばかり。
ks忌々しい昼日中の時分に降ってほしいものであります。

さて―――

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終わりました。
やっと………(・ω・)


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思えば、食材集めは1-5、4-2、3-5への出撃が95%ほどでしたね。
ほかの海域にはほとんどいかなかったですね。


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捜索海域、絞りすぎですね。
まぁでも、射出機は都合2つ手に入ったし、『福江』などの未入手海防艦も『大東』を除いて邂逅できた。

新規對潜裝備も2つ、入手できた―――

まずまずの成果ですネ(*'-')b


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イヴェントは13日まで継続するので、高級おにぎり増産で改修資材を貰い受ける―――

というのもありだけど、我が艦隊はそこまでやるつもりはありません。

なにしろ、資材の消費がパないのでね。
恢復に努めないと...


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『伊勢』型の改二で使うであろう射出機。
でも一応、説明文は、《本格的な航空母艦》を改裝するため、《正規空母の改二改裝》に使用するとありますがね。

なにはともあれ―――

今回のイヴェントに於いて、我が艦隊で箔がついた艦娘、おおいに奮戰した艦娘が何艦かでましたね。

ひとつめは―――

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USS『サミュエル・B・ロヴァーツ』DE-413。
艦砲2種に見張員という裝備で、主に4-2での食材集めに貢献。
4-2周回は彼女なしには成立しなかったほど。

Lvは揮わなかったものの、とりあえず91まで達しました。


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2艦目はUSS『サラトガ』CV-3。
先行の『サラトガ』がMk.Ⅱで運用しており、こっちの『サラトガ』はMk.ⅡMod.2を予定。
未改造ながらも、射程:中の特性を活かし、航空攻撃ではよく敵の空母や戰艦、ときおり旗艦を華麗にしとめてくれたものでした。

3-5でのお茶集めではMk.Ⅱが主軸でしたが、それ以外の5-4や2-4などの海域、メイン会場の4-2では彼女が空母航空戰力の要でした。

錬度については、イヴェント前はLv80を超えたぐらいだったのが、いまやケッコン済みで112にまで達しました。


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3艦目は『瑞鳳』改二乙。
4-2では『ロバーツ』とペアで出撃。ハンター・キラーとして存分に活躍してもらいました。
なにしろ射程:長がハバをきかせすぎて、4-2ではかなりMVPをかっさらっていきました。

錬度はケッコンまでいけるかと思ったけど、残念ながらそこまではいけず………
それでもあと40kでケッコン適齢期です(*'-')


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最後は『コマンダン・テスト』。
4-2や2-4、ときおり5-4では捜索の要として出撃。
水上機母艦なるものは直接戰鬪に参加しない艦種だから、艦これでは演習でLv上げばっかしてましたが………

8吋砲2つに晴嵐、見張員のセットで出撃させたら、ヲ級エリートは沈めるはル級フラグシップを撃破するなど、予想以上に働いてくれました。

おかげで、Lv50でとまっていた彼女の錬度も、なんとか80にまで上昇しました。

今回のイヴェントで彼女の戰鬪能力の高さを把握できたので、今後は旗艦配置で一層の錬度向上が見込めます。


今回のイヴェントはこれにて終了。
あとはひたすら浪費した資材と高速修理の補充です。


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壁|'-')ノよいお年を。
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食材任務

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

水無月の季節です。
梅雨です。
蒸し暑い日々が始まるのです。

そんな蒸し暑い日々、冷房効かせた部屋に閉じこもって今日も出撃です。


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お茶を拾いに北へ西へ………


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最後の任務、やっと完了しました。


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對潜裝備、受領しました。

『福江』をはじめ、未入手の海防艦を手に入れることに特化した前半戰。
5-5の『大東』を断念し、ほかの海防艦を無事に入手でき、ちょっと任務をこなそうかと思い、遅ればせながら食材収集開始。

やっと終わりました。

ただ、罐詰を1箇もらったので、射出機をもう1箇もらうべく、食材集めはまだしばらくは続きます。


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必要なのはお茶と海苔。
4-2と3-5は枯渇し始めているので、ほかの海域へ逝かないと………



壁|'-')ノよいお年を。
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残る任務はあと1つ

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

またぞろ奪った食材を満載した敵艦隊が鴨葱状態でやってきました。

おかげで―――

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掛け軸もらえましたヾ('ヮ'*)ノ


それに―――

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食券もいただいたので―――

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射出機、頂戴しました。

いま、2艦目の『サラトガ』を育成中で、1艦目はMk.Ⅱとして運用しているので、2艦目はMk.ⅡMod.2として配備するので、どうしても射出機が必要になるんですよね。
なので、ここで新規にもらえて助かります。

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日の丸弁当もなんとか終了。

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新型對潜裝備、いただきました。

これで残るは御茶漬を2箇つくる任務のみ。

でも枯渇気味なのか、食材が………(・ω・)

今週中にあつまるかな...

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それマヂでもう使えねー紙屑だから( ゚ω゚ )



壁|'-')ノよいお年を。
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湾岸地域

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

昨夜は雨でした。
とはいえ、日付も変わるころには帝都に降りしきる雨も止んでいましたが。

そんな雨のなか、ひっそりと湾岸地域に逝ってきました。
艦これで食材がでないので息抜きに………


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ホテルトラスティ。
巨大な門のような外観がなんとも。

ファンタジー系なら異世界とをつなぐゲートの代役になりそう( ゚ω゚ )


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夢の大橋。
有明西運河に架かり、江東区有明地区と港区台場・江東区青海地区をつないでいます。


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ホテルトラスティとあけみ橋。
あけみ橋の上にはゆりかもめの高架。
もっぱらクルマ移動が主なので、台場方面にきてもゆりかもめを使うことはないのであまり乗ったことはないです。一度だけ乗ったときは、平日昼間でしたが前面展望だけは盛況でしたね。


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ザ・タワーズダイバ。
王冠のような頂部のライトアップが目立ちました。


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首都高、湾岸道路の橋梁と有明清掃工場の煙突。
手前の橋は車輛通行不可となった青海橋。


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パレットタウンの観覧車。
日本最大級の観覧車。夜10時までの営業なので、撮影している頃には営業終了してました。


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晴海橋から晴海橋梁ごしに豊洲地区。

次は台場地区を離れ、豊洲地区へ。
ここには廃線後も撤去されずに残る晴海橋梁があります。
築61年のなかなか歴史ある橋ですが、封鎖されたまま再利用されずに放置プレイ中です。


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晴海大橋とレインボー・ブリッジ。
晴海橋梁の西側は再開発地区で沿岸部は立ち入り不可。東側はアーバンドッグや水上バス乗り場まで遊歩道になっているので、そこから撮影。


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晴海橋梁と晴海・月島方面。
自分は台場方面に逝くときは、銀座地区から晴海通りとかレインボー・ブリッジを渡ったりはせず、もっぱら昭和通り~入船~佃大橋というルートを使います。
佃大橋を渡り終え、晴海橋西交差点を右折して有明通り方面に向かうので、この晴海橋梁のことは知っていても佃大橋のすぐ至近にあることまでは知りませんでした。


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青海橋といい晴海橋梁といい、これら未使用の橋はどうなるんでしょうかね?
晴海橋梁なんて見た目的にイイ感じだから、整備して歩道橋にするのもいいと思うんですがね。
ま、整備補修・維持にちょいと錢がかかるんでムリでしょうね。


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レインボー・ブリッジ南側と台場地区。
最近、完全整備された豊洲ぐるり公園より撮影。
駐車場は西側に有料が1箇所だけですが、出庫したら左折して行き止まりまでいき、そこでぐるっとひとまわりしてまた来た道を引き返さないと都道484號線に出れないという構造。
なお、となりは最近めっきりその名を聞かなくなった豊洲市場。


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レインボー・ブリッジ。
いい橋ですが、芝浦方向から一般道を通ってわたる際、そこへいたるまで道が右左折ばっかでメンドいんですよね。あくまで自分が自宅から台場へ向かうときは、ですが。
なので高速利用以外ではこの橋は渡りません。
台場へ来るときは東の佃大橋からです。


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晴海方面。
左手の三角っぽいのは晴海客船ターミナル。
中央清掃工場の煙突の向こうには勝どき地区の高層マンションやビル。
勝どきや月島、豊洲方面は、高層マンションの明かりが近未来ぽくってイイ感じなので、夜に走るのは大好きです。


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竹芝・日の出方面。
レインボー・ブリッジを撮影したあたりからだと、東京タワーは浜松町ビルディングのてっぺんからちょこっと顔を見せるだけですが………
公園を北側まで歩くと、浜松町ビルディングの陰から東京タワーが姿を見せてくれます。


東京ゲートブリッジまで足を延ばしたかったのですが、この時点で―――

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日付も変わってレインボー・ブリッジのライトアップも終了。
ゲートブリッジも深夜0時でライトアップは終わりなので、訪問は断念しました。



壁|'-')ノよいお年を。
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百里基地2

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

百里基地を訪れたときの画像、第二回です。
これ撮影しているときは天気が良すぎて日差しも強く、スマフォが熱もちすぎて大変でした。

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なお、基地イヴェントでもないかぎり、ある意味陸の孤島化している百里基地に訪れる人は少ないです。
撮影しているこの時もおよそ1~2時間ほど基地内にいましたが、基地員や業者を除けば誰も来ませんでしたね。


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展示機のわきにひっそりとさりげなく置かれている20粍機関砲。
ガトリング砲の砲身がそそられますね。


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三菱T-2高等練習機。
戰後日本が初めて開発した超音速機で、F-104やF-4の実戰配備にともない、T-33では練習機として性能が激烈に不足していることから開發されました。


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画像の塗装からわかるように、航空自衛隊の曲芸飛行隊ブルー・インパルスにも採用されました。
自分にとってブルー・インパルスというとこのT-2でしたね。
現在はT-2は退役し、T-4練習機がブルー・インパルスに配備されています。


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超音速練習機として採用されたT-2ですが、実際には音速を突破することはまれであり、わざわざ超音速練習機を擁する必要がなくなったために、後継機の開發もなされず、T-2は平成18年に全機退役しました。


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機首レドーム後方の警告文。


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胴体下部の説明(?)文。
いろいろと書き込まれています。


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エンジン部分。
消火ノズル挿入口なんてのもあったんですね。
エンジン火災なら機体全体に消火剤をぶっかけるものと思っていました。


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エンジン・ノズル。
石川島播磨重工が手掛けた推力およそ3.2噸のターボファン・エンジンを2基搭載しています。


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三菱F-1支援戰鬪機。
航空自衛隊の第3世代ジェット機で、T-2高等練習機をベースにしています。外観が似通っているのはそのためです。


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自衛隊では周辺國や國内の愚か者どもに配慮して、戰鬪攻撃機と呼ばずに支援戰鬪機と呼びました。
空中戰鬪は苦手でしたが、当時の國産新型ミサイルASM-1空對艦ミサイルを運用でき、高い洋上艦撃破能力を保持しました。


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生産数は77機と少ないですが、T-2とあわせれば173機が生産されたこととなり、量産による価格削減はそれなりになされました。
三菱が手掛けた戰鬪機ということもあり、かつて同社が開發した名機・零式艦上戰鬪機にからめて、「ゼロからワンへ」と海外では紹介されました。


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マクダネル・ダグラスRF-4E戰術偵察機。
マクダネル・ダグラスのF-4戰鬪機の偵察機仕様かつ輸出専用モデル。米軍では採用されず、日本など諸外國に輸出されました。
航空自衛隊ではおよそ10機を運用しています。


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F-4EJを偵察仕様にしたRF-4EJもふくめ、すべての偵察機は百里基地に配備されています。


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機首部分。
レドームの「DO NOT PAINT」が特徴。
レドーム内に電子機器がありますもんね。塗装しちゃダメですよね。


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大雑把なおおらかなヤンキーどもの手掛けた機体にしては、意外にも各部に注意書きなどがびっしりです。


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エンジン部分。
F-4は米空軍だけでなく海軍も飛ばしているので、母艦着艦のためのアレスティング・フックが備わっています。
地上の滑走路が事故などで着陸距離が短くなることも考慮してか、自衛隊機にも備わっている模様。


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エンジン・ノズル。
エンジンを2つ備えた機体を双發機と呼びますが、1つしか備えていない單發機とくらべコストなどが嵩んだりしますが、片方が停止してももう片方での片肺飛行が可能なので、生還率が高くなります。

かつて、御主人や恋人が操縦士である米國の女性にアンケートをとったところ、乗る機体は双發機が良いとの回答が圧倒的だったといわれています。


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主翼。
押すな。
踏むな。
ワロタ( ゚ω゚ )


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この注意書きの数。


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軍用機は緊急脱出用に射出座席を備えています。
映画ダイ・ハード2で、ブルース・ウィリスが輸送機の操縦席に投げ込まれた手榴弾を見て慌てて座席に収まり、座席ごと空に飛ばされているシーンがありました。まさにあれ。

必要でもない時に射出座席が稼働状態だと大惨事ですからね。安全装置の確認は大事です。


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偵察飛行隊である第501飛行隊のワタナベ操縦士。
SGTってことはサージャント、航空自衛隊ではどの階級になるんだっけか???


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特別迷彩仕様のF-4EJ。
これを撮影した直後にスマフォが熱でダウンし、再起動しなかったので百里基地での撮影はこれで終わり。

そのまま基地内にいても迷惑をかけるだけなので、やむなく基地を後にしました。

そのあとは基地外周をぐるっとまわって茨城空港に―――

冷房の効いた車内、空港ビル内でしばらくゆっくりしていたらなんとかスマフォ再起動。
なので―――

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空港公園に置かれているF-4EJを撮影しておきました。



壁|'-')ノよいお年を。
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百里基地

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

先だって、大洗へ鮪丼食べに行った帰りに、ぶらりと茨城縣南部の飛行場施設を訪問しました。

赴いたのは―――

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航空自衛隊・百里基地。

旧海軍の百里原飛行場ですね。

厚木の基地やちかくの千葉・下総基地と違い、周囲は鬱蒼たる雑木林に囲まれ、いきかうクルマも少ないせいか、基地周辺の道路はぼこぼこでしたね。
なお、基地の西側には茨城空港があるのですが、そちらも空港周辺は雑木林や畑ばかりで似たり寄ったりでした。

さっそく中に入り―――

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雄魂の碑。


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警備犬を祀る碑。


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昭和48年10月16日、航空自衛隊で初のマクダネル・ダグラスF-4EJファントムⅡ戰鬪機を装備した第301飛行隊が、この地で編成されたことを示す碑。


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碑のもとに埋められたメダル。
TFSは Tactical Fighter Squadronの略。


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基地のはずれの茂みの中に埋もれるように置かれている、いまは無き第12移動警戒隊がこの地に置かれていたことを示す碑。


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第206飛行隊の碑。
ロッキードF-104スター・ファイターを装備していた第206飛行隊は、第305飛行隊(現在は宮崎県新田原基地に移動)がF-4EJ裝備で編成されたことを受けて解隊され、そのことを示すものとしてこの碑が置かれました。


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海軍・百里原航空隊と大戰末期に此の地より出撃した特攻隊の碑。
百里原から九州に移動した特攻隊は、終戰までに85名が戦死されました。


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碑の正面に樹木が育ち、枝葉をかきわけて撮影しました。


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ロッキードF-104Jスター・ファイター邀撃(要撃)機。
米空軍が戰鬪爆撃機として運用していたG型をもとにして、爆撃関連と空中給油機能を排した航空自衛隊仕様として三菱でライセンス生産された戰鬪機。


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ロッキードT-33練習機。
米陸軍航空軍(現アメリカ空軍)が第二次大戰中に開發したジェット戰鬪機ロッキードP-80シューティング・スターをベースにした2人乗りの複座練習機。


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航空自衛隊が昭和29年に發足すると、F-86戰鬪機とともに供与され、川崎重工(当時は川崎航空機)でライセンス生産されました。
同時供与のF-86は昭和57年までにすべて退役しましたが、T-33は平成12年まで使用されました。


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主翼端の黄色いモノは燃料タンク。
空中で切り離せるタイプではないけど、地上では取り外すことができます。


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ノースアメリカンF-86Fセイバー。
米空軍の初期のころの代表的なジェット戰鬪機で、とくに朝鮮戦争での活躍が有名な機体ですね。


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航空自衛隊は發足とともにこのF-86Fを米國より供与され、一部の機体は空中機動研究班(のちのブルー・インパルス)に配備され、昭和39年の東京五輪では五輪マークを大空に描いてみせました。


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後継戰鬪機F-104Jの配備が進みだすと、旧式のF-86Fは順次退役していき、昭和57年に最後の部隊が解散し、航空自衛隊での運用は終了しました。


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F-86セイバーの發展型F-86Dセイバー。
それまで戰鬪機の主武裝であった固定機銃を排した初の機体ですが、ヴィェトナム戦争で戰鬪機の機銃無用論が愚策であることを証明され、ミサイル性能の向上した21世紀の今日でも、戰鬪機の固定機銃は必需品となっています。


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高性能レーダー搭載のため拡大されたレドームによって、F-86Fとは異なった空気取入口となったのが特徴的。
自衛隊内でF-86Fは旭光と呼ばれていましたが、F-86Dは月光と呼ばれました。


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發展型とはいえ、米空軍のお古を譲り受けて交換部品に事欠くようになり、さらにF-104Jの配備が始まったため、F-86Fよりもはやい昭和43年に最後のF-86D裝備飛行隊が解隊しました。


明日に続きますヾ('ヮ'*)ノ



壁|'-')ノよいお年を。
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食品回収

ウェーイヾ('ヮ'*)ノ

海防艦集めもひと段落し、遅ればせながら我が艦隊も食材回収に参入です。

イヴェント期限は定かではないですが、やれるところまではやってみようと思いマス。

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回収が厳しそうなのはお茶。
米は海防艦集めでぽこじゃが出ているのを目の当たりにし、これは気にする必要ナシ。

お茶を拾うには2-3、3-5、4-2が良きとのこと。

さっそく―――

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艦隊を派遣して3-5ぽっぽちゃんをひっぱたきに逝きました。

回収用裝備として『ザラ』に150糎探照燈、『ポーラ』に見張員を載せました。
『プリンツ・オイゲン』は三式彈裝備の對ぽっぽちゃん仕様。

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落ちましたヾ('ヮ'*)ノ

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食材の備蓄はまだこんだけ。
先は遠いです( ゚ω゚ )

しかしさすがは3-5、資材の消費がパないですね。

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ボーキの消費も250となかなかのもの。
2-4は逸れるから驅逐艦を入れずに乙巡配備で周回していたけど、ここまで消費はかさまなかったですね。

ぽっぽちゃんからお茶を巻き上げた後、撤退して整備・補給したのですが、進撃続行で島流しされて資源の回収もいいなと思い、再度、3-5へ出撃。

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夜戰突入でぽっぽちゃんをしばき………

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島流しどころか華麗にBossへ流されました。

なお消費は―――

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ボーキサイトの消費は405にハネあがりました( ゚Д゚)

食材枯渇がどうのこうのと巷でウワサされていますが、枯渇するほど攻める余裕はないですね。そこは安心です。

お茶を求めてお次は2-3へ...

艦隊を再編し、華麗にBossのもとへ―――

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(・ω・)

気を取り直して2-3へ再出撃。

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南の輸送船コースありがとうございました。
ろ號がはかどるね(+_+)

お次は4-2、Boss前で南下すればお茶が手に入るかも(`・ω・´)キリッ

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Boss直撃でした。
2回連続でな(´・ω・`)

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まぁ、2回とも海苔を回収できたからよしとしませう。


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そうですね(*'-')



壁|'-')ノよいお年を。
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